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タイトルコラム#1780(未公開)のポイント
記事No430
投稿日: 2007/05/25(Fri) 23:09
投稿者太田 述正
 コラム#1780(2007.5.25)「法王またもや失言」のさわりの部分をご紹介しておきます。
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 就任以来、失言を繰り返してきた法王ベネディクト16世(・・コラム#701参照。イスラム教を「侮辱」した失言と弁明については、コラム#1409〜1411、1415参照)がまたもや失言をやらかしました。この失言について、例によって法王は弁明する羽目になりました。今回は、このことをご説明しましょう。
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 ブラジル訪問時・・に、法王は、15世紀の欧州の冒険家達の新大陸への到着について、それが「信仰と原住民」の「出会い」であったと語りました。
 そして、「イエスと福音の顕現は、コロンブス以前の諸文化の疎外を伴うものではなかったし、外国文化の押しつけでもなかった。」とし、新大陸の人々は、それまで自覚しないまま、キリストを「静かに希っていた」のであって、「彼らの諸文化を豊かにし、純化するためにやってきた「精霊を喜々として受け容れた」と語ったのです。

 しかし、私自身、以前(コラム#148で)、「新大陸への・・キリスト教(カトリック)・・布教経費はスペイン王室が負担・・し・・たし、原住民のカトリックへの改宗は、しばしば死を伴う暴力によって強制され・・た・・。やがて異端審問所も新大陸に設置されるに至<る>・・。布教者サイドが富を集積することもめずらしくなく、イエズス会などは、一時期、新大陸における最大の地主になったほど<だ>・・。」と申し上げたところです。
 この際、付言しておきましょう。
 1455年の法王布告・・では、ポルトガルが、アフリカ沿岸の「サラセン人等の異教徒達を侵略し、探しだし、捕獲し、征服し、服属させ、」その上で奴隷にし、財産を奪うことを認めました。
 また、コロンブスが新大陸への旅から帰った1493年に、法王アレクサンドル・・6世は、三つの布告を発出しています。
 第一の布告は、原住民がいることが分かっていたというのに、「他の者によって発見されなかったがゆえに」、コロンブスが発見した土地をスペインが領土にすることを認めたものです。
 第二の布告は、スペインが、将来発見するであろうすべての土地を、それが以前キリスト教徒によって所有されたことがない限り。領土にすることを認めたものです。
 第三の布告・・は、北極から南極まで線をひき、全世界でそれより西側で発見された全ての土地を、キリスト教の普及に資するとの観点から、スペインが領土にすることを認めたものです。
 このような歴史があるだけに、冒頭の法王発言は、厳しい批判を招きました・・。
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 ベネズエラのチャベス大統領(コラム#732、733)は、法王に謝罪を求めました。
 「武器と血でもって来訪した以上、伝道が強制されたものではなかったとどうして法王は言えるのだ。・・この地の原住民の殉教者達の骨はいまだに燃え続けている」と。
 チャベスの怒りに油を注いでだのは、法王が、やはりブラジル訪問時に、事実上チャベスを批判する発言を行ったからだと考えられています。そのチャベスは、カトリック教会を批判し、イエスは「史上最も偉大な社会主義者だった」と言った人物です。
 チャベスの盟友であるボリビア大統領のモラレス(Evo Morales)は、ボリビア最初の原住民出身の大統領ですが、カトリック教会は、「祈るのか政治に関与するのか」決めるべき時期に来ている、と語りました。
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 上記発言について沈黙を保っていた法王は、10日も経っ・・てようやく、・・説教の中で・・以下のように弁明しました。

 「植民者達によってその基本的人権が蹂躙されたところの、原住民が被った苦難と不正義を忘れることはできない。・・栄光の過去の記憶があるからといって、ラテンアメリカ大陸伝道の営みに伴う陰の部分を無視することはできない。だからといって、これらの罪を認識するからといって、宣教師達によって成し遂げられた善が傷つけられるわけではない。すなわち、このことに言及することは、数世紀にわたって人々の間に神の恩沢によって成就した様々な素晴らしいことを喜び、認めることを妨げるものだはないのだ」と。

 法王は、弁明はしたけれど、決して謝罪はしていないことにご注意下さい。
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 カトリック教会は、古代ローマ文明と欧州文明をつなぐ(私の言うところの)プロト欧州文明の担い手(トレーガー)であり・・、本来とっくの昔に歴史の表舞台から退場していてしかるべきところ、いまだに世界にわたって、有力な宗教的・政治的アクターの一つとして「活躍」している化け物です。
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 カトリック教会が今日まで生き残れたのは、あえて申し上げれば、常に権力者の側に立ってその民衆支配を正当化し、権力者の力と富のお裾分けにあずかってきたからです。
 ラテンアメリカについて申し上げれば、その植民地化の時がまさにそうであったことは上述したところですが、現在においても、この地域で盛んな解放神学・・弱者の側に立ったカトリシズム・・をカトリック教会は敵視してきました。
 そして、その先頭に立ってきたのが、枢機卿時代以来の「理論家」たる現法王なのです。
 このままでは、法王はカトリック教会の衰亡をもたらしかねず、私に言わせればそれは大いに結構なことなのですが、残念ながら。既に80歳の法王に残された時間は余りありません。
 私の期待は、ここでも裏切られそうです。