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タイトル情報屋台(2)
記事No213
投稿日: 2007/03/27(Tue) 15:38
投稿者太田述正
<高成田>
米エタノールの衝撃度

1 白岩宏さんの「国際食堂」で展開されているバイオ燃料は、世界の農業だけでなく、日本の農業や農村のあり方を一変させるだけのインパクトを持っていると思います。

 日本の農家は1970年代から減反政策に苦しめられてきました。規模拡大による生産の効率化で、競争力をつけるという近代産業の基本ともいうべき方策を縛られてしまったのですから、農業の主軸である稲作農家が育つはずはありません。

 しかし、米エタノールが軌道に乗れば、農家は作りたいだけコメを作ることができます。天候不順などで、コメ不足になれば、燃料用のコメを食用に回すこともできます。「減反」のくびきから農家を解き放つことは、農業・農村の活性化につながると思います。

 問題はコストです。農林水産省は、ガソリン税を免除しても、コメの価格がキロ20円ぐらいでないと、燃料への転換は難しいと見ています。いまの生産費は、人件費なども含めて考えるとキロ300円ぐらいでしょうか。となると、相当のコスト削減策が必要です。

 バイテクを行使して多収穫品種を開発する、転作奨励金などを整理してバイオ燃料奨励金に切り替える、直播きなどで人件費などの削減をはかる。こういったところでしょうか。このあたり、識者の見方が知りたいところです。(やみ鍋軒の主人)

<太田>
 白岩さん、高成田さんご両名は、英ガーディアン紙のコラムニストのモンビオットのバイオ燃料批判
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2043724,00.html
をどうお考えなのでしょうか。

 白岩さんは、本件に関するシリーズの三番目で、「バイオエタノール(原料は砂糖キビ)やバイオディーゼル(原料は大豆)を国内需要以上に大増産するためには、アマゾンの熱帯雨林を開拓する必要があり、国際的な環境団体や国連からも環境破壊行為として実施しないよう警告を受けている」とわずかに、バイオ燃料の問題点のほんの一つに触れておられますが、白岩さんも高成田さんも、いささかナショナリスティックな視点にとらわれ過ぎておられるのではないでしょうか。

タイトルRe: 情報屋台(2)
記事No228
投稿日: 2007/03/29(Thu) 12:09
投稿者太田述正
<高成田>

 たしかに、レスター・ブラウンにインタビューしたときに、彼は「バイオ燃料ブームによって、食料と燃料とが同じ作物を奪い合う時代になる」と警告していました。

 また、バイオ燃料の作物を得るために、アマゾンなどの熱帯雨林、アジアのマングローブへの環境破壊が起きているとの警告も出ています。

 前者については、短期的には、バイオ燃料になる作物価格の高騰を招き、貧しい人々を飢えさせるおそれは十分にあると思います。 しかし、これまで最貧国をさらにひどい状態に追い詰めたのは、欧州や米国の農産物の輸出攻勢だったことを考えれば、中長期的には、欧米の輸出圧力を減らすことで、途上国の農業の自立を可能にする条件ができてきたと考えています。

 後者については、国際的な監視が不可欠で、環境破壊が認められる地域や国からのバイオ燃料の輸入を規制するといった枠組みが必要だと思います。それで環境破壊が解決するとは思いませんが、かなり抑制できる仕組みが必要だと思います。

「やみ鍋軒」主人より

<白岩 宏>

 ご質問の趣旨はよくわかります。バイオ燃料の議論は始まったばかりで、昨年EU農業コミッショナーも我々に対して情報が不足していて、政策論議が進まないとこぼしていました。私は数年前からバイオ燃料について話しを聞きたいと提案したものの、誰も振り向いてくれませんでした。殆どの人が情報を保持していなかったので、関心がなかったのです。それだけこの産業は新しいのです。我々の協議会でもようやく昨年来バイオ燃料議論が始まり、プロとコンの両方の意見が出ています。農業・食料関係者の集まりですから最近の爆発的な展開にとまどっているのが正直な気持ちでしょう。特に多国籍食品企業代表は原料価格の高騰で利益が圧縮されて不満たらたらです。しかし、いかにして低迷する農業所得を引き上げ、農村に活気を取り戻そうかと議論してきた専門家集団にとって厄介なことは、バイオ燃料が一気にこの問題に対する一つの回答を出した現実の重みです。WWF代表は環境面のプラスを考えると一定の留保条件付きながら賛成だと悩ましい心境を吐露していました。彼らもまた情報不足を指摘していましたが、最重要関心事は熱帯雨林問題です。それでは若干のコメントをします。

1) 各国が自国資源を活用
 ナショナリスティックというより、バイオ燃料に関してはどの国も自国資源を保有しており、これを有効に活用する政策志向を強めています。輸入を排除するつもりはなく、アメリカのように時限的に国内新産業の創出のために、一定の保護をすることは国策として当然だと思います。まして世界的なバイオ燃料貿易の将来が不透明な段階だからです。半導体ですら国家保護が実施された歴史があります。農村に二次産業を創出し、雇用を創り出すことは意義があります。

2) 食料対燃料論争と歯止め策−1 証明書
 食料:燃料論争は始まったばかりです。穀物相場が急騰して畜産業界が騒いでいますが、過去10年近く異常に安い農産物価格のお蔭で高収益を誇ってきた畜産業界が騒ぐのは問題ではありません。相場が上がれば下がるのは歴史的必然であり、もっと長期的視点で観察すべきでしょう。
 2050年までにバイオ燃料向け作物の倫理問題に直面して論争が起こるという見方がわが協議会の大勢です。人口増によって食料需要が倍増する予測によるものです。
 環境的にマイナスになる開発によって供給されるバイオ燃料を規制する案として、
 国際機関(どの機関かわからない)の査定によって証明書を発行して、当該貿易を承認する制度の導入が望ましいというアイデアが浮上しています。環境団体はこれを支持しています。しかし重商主義が渦巻くWTO(輸出国主導の機関)でバイオ燃料が環境財、公共財として認められるかどうかわかりません。勿論、誰が実権をにぎるかわからない証明書方式で国際的合意が可能かどうかわかりません。ドーハラウンドで本件が合意されるとは思いません。

3) 歯止め策―2
 まだ市場でのトークもなく全くの私見ですが、将来米国は1996年農業法で初めて導入された「農業自由化」による作付けの自由化を転換して、昔採用していた作付面積割当制度を再導入する可能性はあるとみています。食料・飼料用面積と燃料用面積に分割割当する制度です。将来の世界情勢の進展次第でしょう。バイオ燃料による農村の活況や補助金の激減効果など多角的な分析が必要ですが、ありうることだと思います。しかし、セルロース系エタノールの商業化が大規模に登場すれば圧力は消滅するでしょうから、市場原理による自由な作付け政策が存続するでしょう。

4) 食料は外交の武器になる時代
 食料が外交の武器になる時代が見えてきました。カーター大統領の対ソ穀物禁輸は底抜けになりましたが、燃料市場の登場でアメリカはもう一つの武器を手に入れたことになります。輸出国農業にとって革命が起こったと謂われる所以です。
 輸入大国日本は最低限の食料安全保障に備えるべきでしょう。
 わが国の食料自給率40%に対する国民の不安感に配慮すれば、まず国策として農地を確保することが最重要ですが、これまでの農政は失敗しており、欧米のようにゾーンを決めて他用途への転換を禁止できません。農地の他用途転換を禁止して売買を促進することが世界の農政ですが、わが国ではまったく逆のことが起こっています。
 農地を放置すれば劣化が起こるのは当然です。特に休耕、放棄水田の劣化対策は喫緊の課題です。またこのままでは農地がますます減少するのは不可避でしょう。

5)二物二価構想
 そこで二物二価のシステムを提案しています。水田に主食用のコメと資源作物用水稲の二作物を栽培することです。ある意味で上記の作付面積割当制度と同じです。米国、ブラジルでは利益が最大化される市場に売ります。輸出も含むので国内が窮乏化する可能性が理論的にはありうる市場原理国なのです。私の提案したシステムは食料と燃料の競合のない世界で、今でも減反割当をやっていますから可能です。

6) コストについては、減反政策のもとで農業技術者は閉塞状況に置かれており、単収を飛躍的に増加するインセンティブがなく技術進歩は停滞しています。しかし実力がないわけではありません。単収は2倍程度までの増収が実証されていますが、3-4倍も可能といわれています。
 主食用コメ生産費が300円・kgと指摘されていますが、工業用原料であれば100円・kg程度は可能とされており、更に大幅な引き下げも可能という見方もあります。稲作ほどシステム化された農作物はありません。今後は直播用種子や高澱粉質水稲の開発を含め、政府の技術開発イニシアティブが必要です。

7) 最近欧米でフードマイルの話が勢いを増しているようです。長距離輸送による食料輸入への批判が保護主義の台頭とともに前面に出てくる可能性があります。仮にブラジルから大量のエタノール輸入をする場合、生産地の環境面での査定のほか、輸送に係るGHGのインパクトが証明書に反映されるケースもあるかもしれません。とにかく国際ルールは何も決まっていないので、リスクはあります。

8) 最後に強調したいことは、世界の作物ベースでのバイオ燃料の年間供給力には限界があり、さらにバイオ燃料のエネルギー分野における存在はピーナッツに過ぎないことです。しかし農業界では巨大な存在を示し始めています。また輸出余力に関しては、ブラジルや米国でもバイオ燃料の国内需要を満たすことはできません。これが本質的に食料と違うところです。世界の農業に革命を起すという米国農務省の見方はあくまで前向きです。日本がこのような機会をポジティブに生かせるかどうか、国民の英知が試されていると思います。