太田述正コラム#3039(2009.1.17)
<皆さんとディスカッション(続x370)>
<michisuzu>
≫・・・いくら腐っていても自民政治を辛抱強く手直ししつつ大枠で保守政治を支えて、本当の革命恐怖政治を遠ざける姿勢が求められるのではないか。
 国民にとって民主党政権が自民政権よりももっと苛酷な政治にしかならない可能性の方が高いと思える・・・≪(コラム#3035。amida)
 つくづく旧来の日本人ってマゾだなあって改めて思いますね、この期に及んでまだ自民党にしがみ付こうとする人が多いのですねえ。
 正直余りの保守的な考え方に呆れます。
 物事の進歩にはある種の諦めや思い切りが必要なのを理解されていないんですね。
<太田>
 どちらも典拠がつけられていないところの、この意見投稿をコラムに転載したのに、ケンスケ2さんの意見投稿(ブログ掲示板参照)を転載しなかった理由はどこにあるのか、ご説明しておきましょう。
 前者は、(私の見解に関連する)第三者の投稿に対する投稿であるのでぎりぎりセーフであるところ、後者は、太田(や第三者)のコラムないし投稿に対するものでは必ずしもないからです。
<サヨク>
 <太田さん、KY(コラム#3037)>「土人」呼ばわりされたと思った人には、ぼくを「類人猿」呼ばわりする権利がある。 ちなみに「強制しないでね」という記述にはコメント無しですか?
 まあ「土人」も「類人猿」も共生する方途を・・・・
<太田>
 KYさんはどうか知らないけれど、少なくとも私は「土人」呼ばわりされたとは思ってませんよ。
 昭和天皇の死に強い感慨はもよおしても、哀悼の意を表しようとまでは思わなかったもんね。
 日本人じゃないけど、テレサ・テンが亡くなった時と同じようなもんです。
 この二人の取り合わせはいかがと合いの手を入れる人がいそうだけど、「・・・<日本の>東西有線大賞3年連続同時大賞・グランプリ達成という記録は2008年現在誰にも破られていない。・・・中華人民共和国での彼女の人気の高さを物語るエピソードとして、当時、中華人民共和国の国民の間で「昼は老鄧(鄧小平)のいうことを聞き、夜は小鄧(鄧麗君:テレサ・テン)を聴く」、「中華人民共和国は二人の鄧(鄧小平と鄧麗君)に支配されている」といったようなジョークが流行っていたこと<(コラム#134参照)>などを挙げることができる。1989年6月4日に発生した中国共産党政権による反政府活動弾圧・虐殺事件である天安門事件の際には、香港で行われた民主化デモ弾圧に対する抗議集会に参加、民衆の前で歌を披露し、自ら中華人民共和国の民主化実現を訴えた。中国共産党政府による一党独裁を否定したテレサは、1997年7月1日にイギリスから中華人民共和国に返還・譲渡されることが決まっていた香港を発ち、フランスのパリへ移住した・・・台湾での彼女はあまりにも偉大なので、遺体は火葬されず防腐加工などを施され土葬された。没後50年は生前の姿であり続ける。なお、台湾でこのような形で眠っているのは、蒋介石、蒋経国、テレサ・テンの三人だけである。・・・」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%AC%E3%82%B5%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%B3
からすりゃ、そうおかしくないでしょ。
 長くなったけれど、同様、私はサヨクさんを「類人猿」呼ばわりもしてませんよ。
 だから、何の「強制」もしてません。
 被害妄想ってやつです。
<Nelson>
≫今年中に、私の新たな本が出版されるかどうかにかかっているような気がしています。≪(コラム#3037。太田様)
 えっ!!出版されるのはいつ頃になりそうですか?そして、内容は何を予定しているのですか?待ち遠しいです。
 ちなみに、昨年末になってやっと、『実名告発 防衛省』、『属国の防衛革命』、『防衛庁再生宣言』を全部拝読しました。三冊とも、読み終わった後に幼い頃からずっと抱いていた「日本」に対する違和感の正体がわかり、後味すっきりの本でした。
 4月から、社会人となるので、忙しくなりますが、頑張って太田様の著作やコラムをチェックしていきたいと思います。
<太田>
 首都圏在住でらしたら、今度のオフ会(1月31日)に参加されませんか。拙著にサインさせていただきますよ。
 なお、次出せるものなら出したいと思っているのは、私の歴史論です。
 
<moshika>
 遠藤誉氏のコラムを見て、遅ればせながら「ネオ儒教シリーズ」(コラム#954、957、995、996、997、2605、2607)もフォローさせていただきました。
 太田さんや遠藤氏の仮説を面白く拝見させていただいております。「歴史が終わった」はずの世界から、13億の荒馬を手なずけるためにマルクス(!)や儒教(!!)を引っ張り出すというのですから、真に面白い話です。
 上記試みの是非は別として、我が国の政治もこうした大きな絵を見せて欲しいものですが、同じ土俵にも上がっていないことを認識することが先でしょうね。
 他方、「保守」派の方々には「中共政府は人民の経済的不満の捌け口としてナショナリズムを利用し『強硬路線』をとるのではないか」という認識があるのではないか。
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080425/chn0804251915011-n1.htm 
http://jp.youtube.com/watch?v=QCHQn0bi65k 
 (青木直人氏はチャンネル桜によく出演されています。)
 太田さんが最近出演されたチャンネル桜の討論で、「保守」派の方々が中国脅威を過大評価していた理由には、こうした背景認識もあるのだろうと愚考しております。
<太田>
 このところ、連日のように続いている人民網の対日ヨイショですが、本日は、極めつきとも言うべき、「中国には3度目の「日本に学べ」ブームが必要」という記事が掲載されました。
http://j.peopledaily.com.cn/94475/6575806.html
 どうやら、『強硬路線』ではなくて『褒め殺し路線』のようですよ。
 
 なお、この記事の中の、益川敏英教授を引き合いに出した箇所は、読みようによっては、激しい中共体制ないし支那体質批判になっていて大変興味深いと思いました。
<遠江人>
≫自民族を蛮族呼ばわりする一見高邁な連中が日本には散見されるが、じゃあそういう連中の属性は何処に存在するのか? ・・・太田さんの「自分が『類人猿』並の存在であると公言しているに等しい」というのは、彼らの言行が実際に猿並みであるという点で、実に当を得ている思います。 結局は明治維新が生み出した道化なんじゃないですか?≪(コラム#3037 KY)
 「英米の歴史学や社会学等人文・社会科学の動向を追っていると、まさに日進月歩であり、これに比べると、日本の人文・社会科学は目を覆うような停滞状況が続いています。(他方、自然科学については、日本もそこそこ頑張っているように思います。)」(コラム#817「不平等の病理(その1)」より)
 ここ十数年でさんざん批判されている日本の「右」と「左」ですが、私はもう一つ、これらと同じように批判される対象として、ニュー・アカデミズムやポストモダンと呼ばれた、これら以降の日本の人文・社会科学があるのではないかと思っています。
 この日本の人文・社会科学ほど欧米に比べて見劣りし、特に生み出すものも無く、欧米の思想や言論を右から左に持ってきてそのまま日本の社会に適用するという「単純作業」にほとんど疑問を抱いていないように見受けられる分野は、他になかなか無いと思うのですが、30~50代の日本の人文・社会科学者が書いたそれらしい本を読んでみると、欧米直輸入の知識を除くと、(典拠が無いのは当然のこととして)思い込みに近い個人的な見解が残骸のように残っているだけのような気がしてなりません。
 フランス、ドイツ圏を源泉とする思想にどっぷり浸かっていて(以下のWikipediaを参照)、それらを向こうから持ってくるだけで自分達で何もやっ ていない(やっていてもほとんど価値が無い)から、これらの思想に対して本質的に検証批判する道具が無くて、基本的に自分の頭だけで考えているから本質的な批判はできない→始めに戻る…の繰り返しなのではないかと。
 客観的法則性を把握しているつもりでも、結局のところ、大枠では「有神論」か「無神論」か的なアプローチをしているだけだから、なかなか「神不可知論」的な考えは出てこないのではないでしょうか。(不可知論を見るまでも無く、すべてのことに意味や価値は無いとか絶対的なものは無いとか、あるいはその逆とか、そんなことを言っていること自体時間の無駄ではないでしょうか)
ポストモダン – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%B3
ニュー・アカデミズム – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%87%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%83%A0
構造主義 – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%8B%E9%80%A0%E4%B8%BB%E7%BE%A9
不可知論 – Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E5%8F%AF%E7%9F%A5%E8%AB%96
コラム#496「無神論と神不可知論(その1)」
http://blog.ohtan.net/archives/50955337.html
コラム#497「無神論と神不可知論(その2)」
http://blog.ohtan.net/archives/50955336.html
コラム#498「無神論と神不可知論(その3)」
http://blog.ohtan.net/archives/50955335.html
 日本では、これにやられている人は実のところ結構多いのではないでしょうか。大なり小なりそれらの影響を受けているのが、若い世代の「軽い」言論ではないかと。プチ超越者が如何に多いことか。
 太田さんにとってこれらのことは語る価値も無い(から今まで話が出てこなかった)と思いますが、如何でしょうか。よろしければKYさんも、お考えをお聞かせくださいませ。
<太田>
 私は、この10年来、日本の論壇はフォローしていないと繰り返し申し上げているところです。
 フォローしたいような議論が交わされないのは、「日本の人文・社会科学<の>目を覆うような停滞状況が」あるからだ、というのが私の見解です。
 最後になりましたが、2ちゃんの「たった一人の反乱」
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/mass/1196337365/l50x
で、私の田母神批判をめぐって批判的議論が交わされています。
 しかし諸君、私が民主党への投票を呼びかけながら、その一方で小沢、岡田、前原という歴代党代表・・いずれも現在党の重鎮・・に対してそれぞれ根源的批判を展開していることを思い出して下さい。
 私が自分自身を「一種の革命家」である(コラム#3037)と形容したのは、「革命家」なら、戦略上、沈黙を守ったりウソをつくべきところを、私は常に自分の信じる「真実」を遠慮容赦なく語るからです。
 私の指摘を踏まえて総合的にいかなる判断を下すのかは諸君にゆだねられているのですよ。
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太田述正コラム#3040(2009.1.17)
<改めて日本の主要マスコミについて思う>
→非公開