防衛省OB太田述正の掲示板
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1: 統合幕僚監部(507)  2: 日本属国論(1001) 
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【1:507】統合幕僚監部
1 名前:管理人 ★:2018/12/19(水) 23:21:45 ID:kanrinin
防衛省OB太田述正の掲示板★2
https://www.ohtan.net/

498 名前:名無し@安全保障:2020/01/09(木) 20:35:44 ID:aAEg+aNu
>講釈を垂れるのはこれくらいにしてと、遊女のリクルートの実態らしきものが「権威」なさそな典拠だがコレに出てくる

”町人衆からの志願組、そして親の跡を継ぎたい遊郭出身者”が割と来ているのなら”苦”というイメージは和らぎますね

>身請けで目出度く年季中途で抜けられる人もいたこともさることながら

確かにこの可能性は頭にありませんでした

>太夫になるような子なら、入廓した時から特別扱いしてもらえたみたいだし

太夫になれそうな遊女全般ですか?
襲名が許されるくらいの太夫であれば最初から太夫扱いのようですけど
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

499 名前:太田述正 ★:2020/01/11(土) 14:56:03 ID:ohtanobumasa
コラム#11036参照。

500 名前:名無し@安全保障:2020/01/11(土) 22:38:21 ID:BRbl4gcQ
>当時の人は”人そのものを買った”という認識は無いので人身売買とするのは後世の価値観でしかないともいえます

それなら明治以降も同様に「からゆきさん」を人身売買という後世の価値観で見なければ良いかと。お示しの「からゆきさん」ですが「からゆきさん 」という言葉を広める端緒ともなった(『サンダカン八番娼館――底辺女性史序章』(1972) を著した山崎朋子また森崎和江がタイトルそのものを『からゆきさん』(1976)とす る本を出版している)

ですがからゆきさんを書く動機を読めばそれが如何に歪んだ、また近代化したばかりで人的なものしか輸出仕様のない状況を無視し国際的な環境を顧慮しないまま描かれた実態と程遠い創作だとわかります。↓

「・・当時、「底辺女性史」の題材を求めていた山崎は、森崎のこのエッセイ を読み、からゆきさんを「底辺女性史」の主題と定めたのだった。
『サンダカン』の副題に「底辺女性史序章」とあるように、山崎はそれまでの女性 史がエリート女性史であることに不満を抱いていた。エリート女性を対象とした従来 の女性史では真の女性史と評価することができないため、「それでは、どのような存在 がエリート女性史への強力なアンチテーゼとなり得るのか。そう考えたときわたしの 脳裏に浮かび上がってきた女性像こそ、ほかならぬ〈からゆきさん〉だったのである」 5と『サンダカン』冒頭で述べている。からゆきさんと同じく、女工や農婦、炭鉱婦、 女中なども同じく底辺に呻吟して生きた女性たちとみなしてよいとするが、山崎にと って「売春婦」とは、「もともと人間の〈内面の自由〉に属しているはずのセックスを、 金銭で売らなければならなかった存在である。労働力をひどい低賃金で売って生きる 生活と、セックスまでも売らざるを得ない生活と、どちらがいっそう悲惨であるか!」 6と強調するように、他の職業に比べて「売春婦」がより悲惨であるとし・・
二人のからゆきさんに象徴されるように、一口に「からゆきさん」と言っても、〈出 稼ぎ〉の経緯・経験は当然のことながら異なり、一括りにできるものではない。」

要はこの二人以前にまともに研究する人もおらず後陣の学者はみんな彼女らのバイアスが掛かって議論してるに過ぎず「からゆきさん」と言うものを人身売買と単純に決めつけた。実際はそのような奴隷だと言う線引きは不可能です。まあこの論文も膨張主義や殖民地主義と言った見方をして残念ですが…

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501 名前:名無し@安全保障:2020/01/11(土) 23:38:52 ID:BRbl4gcQ
84歳の超熟女AV女優 80歳超で初撮り、息子は「好きにやってくれ」〈週刊朝日〉
http://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200108-00000026-sasahi-life

如何に日本が性先進国か分かる。


502 名前:太田述正 ★:2020/01/13(月) 21:05:01 ID:ohtanobumasa
次回の名古屋オフ会/東京オフ会の「講演」テーマに関し、今回も回答を募集します。
的中させた方は半年間名誉有料読者にさせていただきます。
設問は、日本はどうして弥生性を維持できたのか、です。
日本には「封建制」があったから、じゃあダメですよ。
より端的に言い換えれば、設問は、元々大したことがなかった北支畑作文明にいわば敗れて日本列島に逃げ込んできたところの、「弱」いけれども縄文人に比べれば「ちょっと強」かった南支稲作文明の弥生人が、北支畑作文明の漢人に比べても「とても強」くなったのは一体どうしてか、なんですからね。

503 名前:太田述正 ★:2020/01/15(水) 09:07:28 ID:ohtanobumasa
「封建制」より前に「武士」が生まれたわけですが、それも回答にはなりませんからね。
そういったものをもたらしたところの、日本の「弥生性」の由来を聞いているのです。

504 名前:名無し@安全保障:2020/01/16(木) 08:58:06 ID:jSDXoPwX
憲法の規範性が無いから拘束されない
ってところに膝をうった

今までよく解らんかったけど理解できた気がする
護憲派とは違う意見で護憲派になろうかな


505 名前:名無し@安全保障:2020/01/16(木) 13:03:37 ID:FtwJz6We
>>500
>かと思いますが当時の西洋の基準に合わせただけで今から考えれば西洋が低レベルだっただけかと

当時の基準で人身売買なら奴隷であるのは紛れもないことになりませんか?
提供されたpdfにも”当然のことながら、「人身取引」のネットワークは日本独自のものではなかった”とあますし、様々な国でその当時の基準での人身売買が行われていた

江戸時代に関してもWikipediaの身請けとは矛盾しますが提供されたpdfによると

“他の労働の有償的提供を目的とした年季奉公とは次の4 点で内容を異にしていた。@家長権を人主から雇い主へ委譲、A転売の自由、B身請け・縁付けの権利を雇い主に委譲、C死亡後の処置も雇い主へ一任、である。法制史の研究者である中田薫は、これらの特徴が「奴婢所有権の作用にも比すべき、他人の人格に干渉し、其人格的法益を処分する人法的支配を、雇主の手に委譲して居る点に於て、此奉公契約が其本源たる人身売買の特質を充分に保存する」として、これを他の年季奉公と区別して「身売的年季奉公契約」と名付けている。建前上は年季を限った奉公契約だが、実質は自身の身体的権利と自由を大きく制限された身売りと変わらなかったのである”

と一般的な年季奉公とは"人身売買の特質を充分に保存する"別物とされている事

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506 名前:名無し@安全保障:2020/01/16(木) 19:39:04 ID:jUIDiIzW
>498当時の人は”人そのものを買った”という認識は無いので人身売買とするのは後世の価値観でしかないともいえます

と仰られたのに「後世の価値観ではなく当時から自覚の上での人身売買だったのではないかと思います」とはこれ如何に??権力者は人身売買と知ってたから奴隷という考え方にシフト?

権力者側の貧農民対策は既に資料提供しましたし、まるで幕府が宣伝して遊女を増やしたと言ったもんですよ。陰謀論ですか?そもそも幕府は増える田舎からの人口移動に元いた藩迄送り返してますよ。

>上手く誤魔化された平民

んなばかな。当時傾城屋が嫌われものかつ身分も低い扱われたのは有名ですし誑かされる何てあり得ません。

>当時の基準で人身売買なら奴隷であるのは紛れもないことになりませんか?

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507 名前:名無し@安全保障:2020/01/21(火) 09:33:44 ID:p0aXt4/2
>>506
>権力者は人身売買と知ってたから奴隷という考え方にシフト?

そうですね権力側が人身売買と自覚して誤魔化しに関わっていたと書かれているので
pdfに書かれていた事をまとめると以下のようになるかと

・江戸時代には一般的な年季奉公と身売的年季奉公があった
・権力側は常に人身売買的要素を払拭しようとしており江戸時代では年季奉公化政策によって払拭を試みた
・年季奉公化政策は想像以上の成功で人身売買の内情はそのままでも庶民は「奉公へ出す」という意識を共有するようになった

一般的に奴隷が居たかどうかは「人身売買のシステムがあったかどうか、それが合法かどうか」であるかと思います
Wikipediaの奴隷の項目に娘の身売りが但し書き無しで記載されている事や、娘の身売りが人身売買であったと明言されているのは提供されたpdfやWikipediaの他にも散見される事から
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ぜろちゃんねるプラス BBS.CGI - 0ch+ BBS 0.7.4 20131106 (Perl) +BBQ +BBX +Samba24=10
ページのおしまいだよ。。と