防衛省OB太田述正の掲示板
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【1:67】法と経済学
1 名前:太田述正 ★:2022/03/22(火) 06:46:37 ID:ohtanobumasa
防衛省OB太田述正の掲示板★3
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58 名前:名無し@安全保障:2022/05/26(木) 11:59:33 ID:sADrtIr6
その家系は、皇室(のうち三笠宮家)、麻生家、吉田家、鈴木家、岸家、佐藤家、安倍家、宮沢家などが縁戚になって一体化してるということ?

59 名前:太田述正:2022/05/26(木) 14:55:32 ID:FCaNFG84
まさか。

60 名前:七氏:2022/05/26(木) 17:36:48 ID:qWoe27Gn
なんでここまで属国でいいのということに日本国民がなっているのか。が、怪訝な話で。

その筋書きを誰が書いて、実質実行しているのか。。。

61 名前:文雄:2022/05/26(木) 23:15:34 ID:8FVo9h1L
何故、帝国海軍が帝国陸軍に比べて大分劣るように成ってしまったのかを考えてみました。

まず、単純な人数の違いが有り、当たり前ですが、数の多い陸軍の方が上澄みも多くなります。それでも、日露戦争の頃まではそこまで大きな差がなかったと思われるところ、それは、当時の軍人には社会の上澄みであった士族階層出身者が多く居たからではないか、と仮定しました。明治時代の帝国陸海軍の幹部には、その上澄みの中から選抜すれば良かったのだと。

その後は、軍人に成る上澄みの人達は陸海軍問わず徐々に減って行ったと思われますが、おそらく帝国陸軍は、日露戦争で少なくない幹部候補生が戦死してしまったことから、危機意識を持って幹部育成に励んだのではないでしょうか。それに人数の有利も相まって、帝国海軍との間に大きな差が生じてしまったのではないでしょうか。

以上、自分で思い付いたのはこの程度だったのですか、太田さんの見解をお聞きしたいです。

62 名前:太田述正:2022/05/27(金) 09:18:39 ID:R0Qv0gdC
 帝国海軍ダメ論は太田日本通史の落穂拾いの対象となる可能性が高いわけですが、ちょっとだけ。
 陸軍だけに設けられたところの、イギリスのパブリックスクールに類似していた、幼年学校制・・授業料がかかったが広範な免除規定があった・・、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E8%BB%8D%E5%B9%BC%E5%B9%B4%E5%AD%A6%E6%A0%A1
の重要性を指摘したことがあります。(コラム#省略)
 ちなみに、「軍人に成る上澄みの人達は陸海軍問わず徐々に減って行ったと思われます」に関しては、陸軍については、ほぼ一貫して、「陸幼組は近代セクター(武官・官公吏(文官)・教員・警察官・会社員・医師・弁護士・政治家など)」の占有率が高く、当時のエリートの代表である高等学校生・帝大生をも上回っていた。・・・陸大恩賜組(卒業席次上位6名)の輩出数では陸幼組が中学組を「2倍から3倍」と圧倒しており、首席・次席・三席の上位3名に限ると、陸幼組68名に対し中学組は10名とさらに差が広がる。」(上掲)ことから間違いです。

63 名前:七氏:2022/05/28(土) 19:26:46 ID:6wkVgKmA
ホームズは、それまでの警察が「前近代」方法として、怪しい人を単に(適当に)犯人にして処罰していたが、ホームズは証拠を積み上げて犯人を特定する「近代」方法を行い、その違いを見せた。もちろん、これが話題とこれまでの警察の適当さを炙り出し、称賛をあびて、かつ、今はもちろん「近代」方法が当たり前とされている。
そういう意味で、戦後日本の歴史家と呼ばれる者たちの、あまりの適当な「研究」をばさっと切り捨ててきた太田っちは、まさにおーたん・ホームズと言えますな。します

64 名前:太田述正:2022/05/28(土) 21:21:47 ID:rxWNGoij
 感想なのか解答なのか定かじゃありませんが、仮に後者だとすれば、そりゃ違いますよ。
 だって、ホームズは理系で1次資料2次資料併用主義で消去法的アプローチをとるのに対し、私は文系で基本的に2次資料だけに拠り直感的アプローチ・・私の言葉で言うところの、補助線を引いてみるアプローチ・・をとる、という具合に全然異なりますからね。
 (結果論ながら、この私のやり方が、口伝主義の伝統がある日本の歴史を扱うのには向いているわけですが・・。)
 もとより、「よくアブダクションを使う」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA ←以上の事実関係
点は共通ですが、これは、「近代」人であれば、みんなそうでしょう。

65 名前:太田述正:2022/05/28(土) 21:48:42 ID:rxWNGoij
ご参考まで:

<US>

 アーサー・バルフォア ではないでしょうか?
 スタートのホームズの小説は、「海軍条約文書事件」。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E6%9D%A1%E7%B4%84%E6%96%87%E6%9B%B8%E4%BA%8B%E4%BB%B6
 ここから、モデルがアーサー・バルフォア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%82%A2
の名前が出てきます。
 WIKIを見ると、英国は日本をしてロシアの脅威を防いだという内容が出てきます。
 真の首謀者は、同じように米国をしてロシアの脅威を防ぐことを思いつき属国政策を実施したのではないのでしょうか?
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

66 名前:名無し@安全保障:2022/05/28(土) 22:23:25 ID:IkIS3yjM
>帝国海軍ダメ論は太田日本通史の落穂拾いの対象となる可能性が高いわけですが、

同じように「陸軍幼年学校が存在したのに、なぜ海軍幼年学校は設立されなかったのかを論述した文献はないか」という項目で、調べられていますが
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000308989

中々対象となる文献ないようですね、そもそも陸軍幼年学校を扱った文献が極端に少なく、例えば「陸軍幼年学校体制の研究 エリート養成と軍事・教育・政治」野邑 理栄子 (著)は数少ない文献の一つですが海軍との比較はまるでなく唯一目新しいのは「児玉源太郎の『欧洲巡廻報告書』に基づき否定し、陸軍幼年学校の構想が児玉の発想によるものだとし、背景に民権的・反政府的な「悪風習」を排除した教育を幼少より施すことで軍人精神教育の強化・徹底をはかろうとしたのだという。」の点でしょうかね。まさしく縄文敵弥生人をつくろうとした。
いずれにしても陸幼の研究がほぼされていない以上海軍に幼年学校がない理由が謎のままになりそう...

→「陸軍幼年学校体制の研究 エリート養成と軍事・教育・政治」書評https://honto.jp/netstore/pd-book_02624747.html


(『軍隊教育と国民教育 帝国陸海軍軍学校の研究』(高野邦夫/著 つなん出版 2010)の第二部「陸軍の教育」のp.196に「なぜ、幼年学校を設けたかの理由であるが、これは幕末以来、幕府をはじめ西南雄藩がつきあっていた当時の陸軍強国のフランス、ロシア、プロシア(オーストリア)の制度にならったものだといわれている。」と記載されている。一方、第三部「海軍の教育」のp.361-362には「戦力的にも陸軍が圧倒的に人力にたよっているのに対して、海軍は高度の科学・技術文明の所産である艦艇や飛行機なしには存在・活動し得ないので、人員も“少数精鋭主義”の名の下に平時はギリギリの人数でやっていかざるを得なかったのである。」等、陸軍と海軍の違いについての記述はあるが、幼年学校を設置しなかった理由は確認できなかった。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)

67 名前:太田述正:2022/05/29(日) 07:01:34 ID:KqTBVkBw
 野邑理栄子本を読まれた、ということですか。
 他にも面白そうな箇所があったら、紹介していただけるとありがたい。


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ぜろちゃんねるプラス BBS.CGI - 0ch+ BBS 0.7.5 20220323 (Perl) +Samba24=30
ページのおしまいだよ。。と