太田述正コラム#15158(2025.8.29)
<古松崇志『草原の制覇–大モンゴルまで』を読む(その4)>(2025.11.23公開)

 「・・・北魏には不倶戴天の敵とでもいうべき強力なライバルがいた。
 柔然<(注8)(北魏側からの蔑称は「蠕蠕」)である。

 (注8)「5世紀から6世紀にかけてモンゴル高原を支配した遊牧国家。・・・3世紀ごろには鮮卑拓跋部に従属していたが、鮮卑が華北へ移住した後のモンゴル高原で勢力を拡大し<た。>・・・柔然が本格的に弱体化するのが485年・486年に配下の高車が自立してからである。高車の反乱は治めたもののそれに乗じて、鍛鉄奴隷とみなされていた従属部族の突厥が隆盛し、・・・華北東部の北斉に援助を求めたが突厥の要請により・・・<その>可汗<が>・・・殺され、柔然は完全に滅亡した。柔然の一部は西へ移動し、アヴァール族として再び歴史に現れる・・・。・・・
 アヴァールとは柔然の本来の民族名で、柔然とは民族名ではなくアヴァール人が建国した国名である<との説がある。>・・・
 拓跋鮮卑と同族である可能性が高い。近年の研究では鮮卑語をモンゴル語系とする見解が有力であり、柔然の言語もモンゴル語系である可能性が高い。・・・
 可汗はたいてい国の大臣たちによって郁久閭氏の中から選出されて決まる。・・・毎年秋には可汗以下王侯酋長が集い、敦煌・張掖の北にて国会を開催し、祭祀・議会を行った。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%94%E7%84%B6

 もともと弱小部族だった柔然は、族長に社崘<(注9)>が現れると、代国を復興して<北魏として>台頭した道武帝<(コラム#13638)>に付き従わず、ゴビの北(漠北)へと向かう。

 (注9)郁久閭社崙(いくきゅうりょしゃろん。?~410年)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%81%E4%B9%85%E9%96%AD%E7%A4%BE%E5%B4%99
 邦語ウィキペディア等では「社崙」だが、丸橋は、漢語ウィキペディア等
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E5%B4%98
での「社崘」表記を用いている。

 5世紀初めには北モンゴルの遊牧民集団を糾合し、モンゴル高原の草原地帯の統一に成功する。
 北魏と柔然は厳しく対立した。
 429年に北魏の太武帝<(コラム#13646)>は北モンゴルへの遠征を敢行し、従前の本拠を襲撃している。
 柔然はその結果弱体化したものの、以後も両者の南北対峙はつづく。・・・
 六鎮の乱に端を発する北魏の東西分裂によって誕生した北斉・北周・隋・唐は、王朝の中枢を構成する軍団の出自と台頭の経緯に着目すれば、いずれも鮮卑系・匈奴系を問わず<北魏の>六鎮の部族集団に由来する騎馬遊牧民の軍事力を柱とし、華北に都を置いて、漢代以来の中国王朝の制度を取り込んだ点に共通性がある。
 近年では、北魏の鮮卑拓跋部のもとに集った遊牧部族集団を淵源とする点を重視して、北魏からこれらの王朝までを一連の王朝国家ととらえて、「拓跋国家」<(注10)(コラム#13477、13632、13740、13746)>と呼ぶ見解が提起されている。」(32~33、35)

 (注10)「松下憲一・・・氏は、「鮮卑を民族ととらえるのは正しくない。さまざまな部族が集まった集団と考えたほうがいい」という。
 〈鮮卑はモンゴル系ですか、トルコ系ですか、という質問を受けることがある。しかしこの質問に正確に答えることはできない。(中略)質問自体が成り立たないからである。鮮卑というのは騎馬遊牧民による政治的連合体の名称であって、そこに属する人々は言語や風習が違ってもみな鮮卑になる。〉(『中華を生んだ遊牧民』<(2023年)>p.22)
 〈匈奴・鮮卑・突厥・モンゴルというのは、支配集団の名称であると同時に、そこに所属するものを含めた集合体(国家)の名称でもある。そのため匈奴や鮮卑を称しているから、それらはみな同じ言語・風習をもった民族であると考えてはいけない。〉(同書p.22)
 これは例えば、現在の<米国>人が多様な民族・言語・宗教から成り立っており、「<米国>民族はラテン系ですか? アフリカ系ですか?」などという問いが成り立たないのと似ているだろう。
 以上が「鮮卑拓跋」の基礎知識だが、しかし近年ではさらに、「拓跋部はホントに鮮卑なのか?」ということが問題になりつつある、というのだ。
 「いままでは拓跋部は鮮卑だっていうのは当たり前だったんですが、もともと鮮卑だったかは怪しくて、鮮卑のグループに入った方が部族にとって有利だから鮮卑を名乗り、伝説や系譜をあとから創作した可能性が高いと思います。<支那>の研究者には「もとは匈奴系じゃないか」という人もいますね」(松下氏)」
https://gendai.media/articles/-/109935?page=2

(続く)