太田述正コラム#15234(2025.10.6)
<岡本隆司『中国」の形成』を読む(その9)>(2025.12.31公開)

 「・・・私法・民法・商法の領域・民間の社会経済に、権力が介入できたかどうか。
 西は是であり、東は非だった。

⇒またもや登場した、「私法・民法・商法」というフレーズですが、法学部を出た人ならもちろんのこと、少しでも法律を齧ったことがある人なら、絶対に使わないフレーズです。
 民法や商法は私法(注14)の部分集合だからです。

 (注14)「私法は国家等の公権力と私人の関係を規律する法である公法(憲法・行政法・民事手続法・刑法・刑事手続法)に対置される。
 具体的には、私法の一般法である民法や、その特別法である商法や知的財産法などだが、労働法や消費者法にも私法に関する特別なルールが置かれる。私法関係における権利を私権という。
 なお、私法とは別に、裁判所においていずれの法域の私法上のルールを準拠法として適用すべきかを定める間接規範として、国際私法がある。
 なお、ローマ法やフランス法などにおいては、民事法および刑事法を併せて私法といい、公法(憲法・行政法)と対置する。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E6%B3%95

 これほど無知、或いは不用意な人物は学者の名に値しません。
 これは、決して厳し過ぎる批判ではありません。
 また、校正で直さなかった岩波書店にも呆れてしまいます。(太田)

 そこに<東西の>「分岐」の核心がある。・・・
 <本来、>権力による広域的、統一的な金融の管理・市場の規制・背任への制裁を可能とするようなしくみを構築しなくてはならない。
 また現代の感覚でいえば、それぞれの民間企業に会計監査や破産手続きなどを義務づけたほうがよい、ということにもなる。
 <ただ>、世界史上、そうした制度を創出できたのは、イギリスのいわゆる「財政=軍事国家」であり、私見ではイギリス・西欧にしか、そうしたシステムは発祥、ひいては発達、完成することがかなわなかった。

⇒こういう言い方をしてしまうと、軍事が目的で財政は手段であることが不鮮明になってしまうので止めた方がいいのです。
 また、「軍事が目的で財政は手段である」ことは、イギリスや西欧では当たり前でも、支那においては、そもそも、そうでなかった・・軍事軽視だった・・のが問題なのです。
 更に言えば、岡本もうすうす感づいているところの、イギリスの特異性は、手段である財政の制度が最初から突出して優れていた点にあるのであって、西欧はこの制度を必死になって継受にこれ務め、辛うじて、イギリスから周回遅れにならずに済んだ、ということなのです。(コラム#省略)(太田)

 イギリスを嚆矢とする株式会社や銀行・公債がその典型であり、上下・官民いずれにも適用される共通の法制が、政治・経済・社会を組み合わせて一体的にコントロールする、という制度構築がその根幹にある。・・・
 貸借の保証はそのため、<かかる制度構築がなされていない>東<の中国>では個々人間の信頼関係でなりたたせざるをえない。
 信用はその範囲にしか及ばないから、金銭を貸借できる対象も、自ずから限られる。
 投資したところで回収できないので、余剰・遊休の資金は奢侈に費やされるのでなければ、市場に出ずに退蔵されてしまう。
 これでは、いかに富民でも、大きな資本がもてない。
 そのため「盛世」の事業資本は、われわれが想像するよりも、はるかに小さかった。
 たとえ富裕な大商人であっても、たえず運転資金の欠乏に苦しんでいたのである。
 貧民はもとより、富民も限られた資本を奪い合い、決して安穏を約束されてはいなかった。」(98~99)

⇒このくだりの説明は腑に落ちます。(太田)

(続く)