太田述正コラム#15310(2025.11.13)
<清水廣一郎『中世イタリアの都市と商人』を読む(その16)>(2026.2.7公開)

 なお、大塚久雄が1980年に、’Rural industry spread to various parts of England from the latter half of the 14th century, and as all sorts of craftsmen and peasants started intra-local exchanges of goods, a prospering home market developed which gradually came to form a national economy. I saw this as precisely the historical configuration out of which modern industrialism (and industrial entrepreneurs) grew. It did not emerge hand in hand with the “putting-out system” but rather in contention with it.’
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sehs/46/2/46_KJ00002434685/_article/-char/en
と、まさに、概ね同じ指摘を行っていたことを申し添える。
 以上から、工業生産は、家内工業→手工業(→ギルド制手工業(於欧州))→マニュファクチュア(工場制手工業)→工場制工業、と発展してきたと一般にされる
https://kotobank.jp/word/%E5%B7%A5%E6%A5%AD-494690
https://kotobank.jp/word/%E6%89%8B%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E3%81%8E%E3%82%8B%E3%81%A9-3181818
けれど、イギリスの場合は、家内工業→手工業→工場制工業、と、いわば、超特急で発展した、と、言ってよさそうだ。(太田)

(完)

 「・・・増田四郎<(注26)>先生・・・は「打って一丸とした」・・・市民の共同体の形成が、ヨーロッパ文化の一つの重要な流れとして存在する<ところ、>・・・ヨーロッパ都市の基本的な方は、ドイツ・北フランス・ベルギーといった北<欧>の都市に<それが>あると<し、>・・・それと非常に性格の違ったものとして<の>・・・南欧都市、イタリア都市という・・・問題・・・提起<をされた。>・・・

 (注26)1908~1997年。東京商大卒、一橋大博士(経済学)、同大教授、学区調、東京経済大教授、同大理事長、等を歴任。「専門は西洋史、西洋経済史。西洋社会・経済史の変遷を、実証研究と、比較社会史・地域史の方法論を用いて研究した。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A2%97%E7%94%B0%E5%9B%9B%E9%83%8E

 <すなわち、そこでは、>その逆に、・・・都市貴族あるいは一部の封建貴族層を含みこんだ形で、つまり一種のヒラレルキーを含んだ形で<都市>共同体が形成されてくる、すなわち・・・市民というものは、真の意味において平等な、かつ、・・・自由な・・・結合形態を形成するのではなくて、その中には「支配」というものが非常に重要な要素として存在する、<とされた。>・・・
 例えば北<欧>の商業都市の代表であるハンザ都市における取り扱い商品が、穀物とか魚とか木材とか、日常生活に不可欠な商品を主とするのに対して、南<欧>、特にイタリアの都市はスパイスその他の奢侈品を取り扱ってい<て、>・・・利潤の在り方の違いが存在する。
 <すなわち、>・・・北<欧>の場合には、・・・合理的な形で取り引きされるものに対して、南<欧>、例えばイタリア都市の場合には、流通経路が非常に長く、商品の価格体系の差がきわめて大きく、したがってその間にきわめて独占的<にして>・・・不合理な利益をあげることができる。
 このことが市民意識そのものにも強い影響を与えたのである<、といった>論旨になろうかと思います。」(139~140)

⇒イギリスを抜きにした議論にいかなる意味があるのか不明です。
 また、説明の仕方も、いささか不十分であるように思います。
 北欧よりもイタリアの方が豊かだったのでリスク耐性があったからこそ、リスクを伴う交易ができた、という見方もできそうですからね。(太田)

(続く)