太田述正コラム#4028(2010.5.24)
<米人種主義的帝国主義と米西戦争(その6)>(2010.9.30公開)
 「はるかにもっともらしい原因は、・・・<それが>事故だったというものだ。・・・
 メイン号の石炭倉は弾薬庫の隣にあった。
 意図的にそこに設置されたのだ。石炭がつまった掩蔽壕は飛び込んできた投射物に対するもう一つの防御層を提供しうるとして・・。
 メイン号で用いられていた瀝青質の石炭はとりわけ燃えやすいことが知られていた。
 だから、・・・石炭が燃えだしてその熱で弾薬が爆発した可能性が大いにあったのだ。」(PP211)
 
 「<ハースト系新聞>の発行部数は、メイン号がハバナで沈没した日の翌日、100万部を超えた。」(PP212)
 「<ハースト系の新聞は、ローズベルト海軍次官が、軍艦メイン号<の沈没>は事故ではないと語ったという見出しを掲げ、ローズベルトはそんなことは言っていないと否定したが、海軍省内でローズベルトがそのように語っていたのは確かだ。>
 しかし、私的な手紙を見ると、彼が・・・それほど確信があったわけではなかったことが分かる。
 2月16日付の・・・手紙で、彼は、「・・・メイン号は、スペイン人達の汚い裏切りによって沈んだと私は信じている。しかし、我々は本当のところは永久に分からないことだろう。そして、公式には事故だったということになるだろう。」と記しているからだ。
 ローズベルトは、この米国の軍艦の沈没が事故ということにならないようにとても気を配っていた。
 彼には、メイン号が、実際のところ、設計上の欠陥によって破壊されたと信じる根拠が十分あったのであり、だからこそ、そのような発見を隠し通す強力な動機もあったわけだ。
 それは、単に、彼がスペインとの戦争を欲していたから、ということではなく、海軍の背骨たる近代戦艦に対する<世論の>しっぺ返しが起きることを恐れたからだ。」(PP213)
 「2月21日、・・・ローズベルトは、地球を半周回った所へ向けて電信を送ったが、おれは米国による戦争への最初の真なる第一歩だった。
 
 香港の親愛なるデューイ(Dewey)へ:
 <スクリュー推進でない旧式の>モノクラシー(Monocracy)号を除く、香港の全艦隊(squadron)に命じる。
 石炭を満載せよ。
 スペインに宣戦布告した場合、貴官の任務はスペイン艦隊がアジアの沿岸を離れないように牽制した上で、フィリピン諸島において攻勢作戦を実施することだ。
 次の命があるまで、(補修に出される予定であったデューイの旗艦たる)オリンピア(Olympia)号をそのままにしておくように。
                       ローズベルト」(PP217~218)
 「<事故原因説を唱えていた学者等を排除して海軍省が設置した沈没原因究明委員会は、ローズベルトの「期待」通り、最初の爆発は水中機雷によって起こされたという結論を出す。しかし、その75年後に改めて行われた再究明においては、事故説がとられ、事故であったということで確定した。>
 しかし、究明委員会の委員の一人であった・・・大佐は、彼自身の戦艦ニューヨーク号の石炭倉と火薬庫の間に、こっそりともう一枚鉄板をはめ込んだ。」(PP222)
 「<やがて、この結論が知られるところとなると、>「メイン号を忘れるな(Remember the Maine!)」(注7)という声が街角、教会の説教壇、町の議場、そして大学のキャンパスで聞こえるようになり、時々それに、「スペインよ地獄に堕ちろ」という声が続いた。
 (注7)「1836年に起こったテキサス独立戦争でテキサス人守備隊187人がメキシコ軍に全滅させられたが、その時の「Remember the Alamo!・・・」<(コラム#1759)>が「リメンバー ザ・〇〇」のもとの言葉になっている。・・・<1898年の>Remember the Maine!・・・<1941年の> Remember the Pearl Harbor!」
http://naruhodogogen.jugem.jp/?eid=117 (太田)
 この後者も最初は<ハースト系新聞>に登場したものだ・・・。」(PP224)
 「<しかし、>キューバをスペインの支配から自由にしたとして、どうなるのだろうか。
 キューバの住民の約半分はつい最近解放された奴隷であるところ、果たしてキューバ人は自己統治ができるのだろうか。
 マッキンレー大統領は、この島を米国の植民地にしたいとはほとんど思っていなかったが、他方で彼は、キューバがもう一つのハイチになりかねないことを恐れていた。
 ハイチは、18世紀末に奴隷叛乱が起こった後、混沌へと堕ちて行ってしまったからだ。」(PP227)
 「何年も前に、<南北戦争の時の>アンティータム戦い<(コラム#3976)>で見た殺戮を思いだしつつ、マッキンレーは大真面目に、「私は決して戦争には引き込まれないぞ。神と人が共に認めたと私が確信を持てない限りは・・。私は死体がが積み重ねられているのを目撃した。だから、私は二度とそんなものを再び見たくないのだ」と語った。」(PP229)
(続く)