太田述正コラム#5940(2013.1.1)
<日本の芸術について>(2013.4.18公開)
1 始めに
 『學士会会報』(No.898 2013-I)に掲載されていた、高階秀爾「歌の心・絵の心–芸術に見る日本文化の系譜」がなかなか面白かったので、元旦にふさわしい話題であるということもあり、そのさわりをご紹介することにしました。
 なお、高階(1932年~)は、東大(教養)卒。東大(文)教授、国立西洋美術館館長、京都造形芸術大学院長を経て大原美術館館長であり、文化勲章受章者でもあります。専攻は、ルネッサンス以後の西洋美術です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%9A%8E%E7%A7%80%E7%88%BE
2 日本の芸術
「・・・894年、菅原道真の建議により遣唐使が廃止されました。「唐から学ぶべきものはない」「日本は日本なりの文化がある」という表れです。その結果、唐風の漢文文化一辺倒の時代から、国風文化が花開く時代へと移り変わりました。それを象徴的に示すのが、 905年の『古今集』編纂でした。・・・
→私の言う、第一次縄文モードの時代の本格的到来です。(太田)
 絵や和歌と平仮名を響き合わせる日本人の心、美意識とは一体どんなものでしょうか。平仮名が持つ不思議な曲線の造形は他の芸術にも見られるでしょうか。・・・
 日本の建築は屋根が非常に大きいのが特徴です。1853年に黒船でやって来たペリーは江戸湾から江戸を眺めた時、「江戸の町というのは屋根ばかりだ」と感想を漏らしたそうです。
一方・・・1860年<に>・・・万延元年使節団がサンフランシスコに着いた時、最初の印象は「建物は壁であった」というものだったそうです。この対比は非常に面白い。西洋の建物は壁が目立ち、日本は屋根が目立ちます。・・・
 軒の形に注目してみましょう。 日本の建築は・・・軒の線は中央部が真っすぐですが、端が少し上に上がっています。この「そり」が日本建築の造形的な特色です。両端まで軒が真っすぐでは端が下がって見えて何となく落ち着かないので、端をぐっと上げるという感覚です。五重塔が典型です。日本の五重塔は、薬師寺でも法隆寺でもそうですが、大きな屋根がぐっとせり出し、軒の両端が上にそっています。・・・
五重塔は釈迦の舎利を納めるものとしてインドで建設され、中国を経て日本に伝わりました。ですからインドにも中国にもありますが、例えば慶州にある契丹の七層八角仏塔<(注1)>が示す通り、各層とも屋根は小さく、建物からせり出すことはありません。ギリシャのパルテノン神殿やローマのパンテオン神殿でも、屋根が建物からせり出すことはなく、軒はほとんどありません。トルコのハギア・ソフィア教会や西欧のゴシック様式の教会も、天井の上に載る尖塔やドームは建物からはみ出すことはなく、軒はありません。
 (注1)写真参照。
http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/zhuanji/ta/ban-8605.htm
西洋建築では、例えばゴシック様式やロマネスク様式のアーチなどに曲線が見られますが、これらの曲線はきわめて明確に、直線とは別の線として描かれています。実際、西洋では昔から直線を描く時には定規を使いますが、曲線を描くときにはコンパスなど、定規とは異なる道具を使ってきました。
 これに対して日本では・・・たわみ尺の片方だけを持ち上げて曲線を描きました<(注2)>。つまり日本では、そりや直線は直線と別物ではなく、直線の変化形という認識でした。京都の二条城の屋根、大徳寺の勅使門の屋根、熊本城の石垣の微妙な線などは、縄だるみの線です<(注3)>。・・・
 (注2)弾性曲線
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%BE%E6%80%A7%E6%9B%B2%E7%B7%9A%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F
のことか? たわみ尺の写真を探したが見当たらなかった。
 (注3)二条城、大徳寺勅使門、熊本城の写真参照。
http://www.google.co.jp/imgres?imgurl=http://menamomi.net/photo/siro/c2.jpg&imgrefurl=http://menamomi.net/photo/siro/002.html&h=162&w=293&sz=1&tbnid=57ceRXthdHH34M:&tbnh=160&tbnw=289&zoom=1&usg=__IiVUQwDOj6GG9rLuNRbXGEZwu_M=&docid=2LldZUkF-GY1vM&itg=1&sa=X&ei=j-biUKz3JIa0kAXdj4F4&ved=0CLUBEPwdMAo
http://www5f.biglobe.ne.jp/~housi/daitokuji.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Kumamotojo.jpg
日本刀のそりは、西洋的・幾何学的なカーブというより、「真っ直なものが自然にわずかに曲線に移っていく」という風情です。そういう美意識が日本にありました。・・・
 日本の庭師は、・・・人が通る・・・飛び石<を>・・・できるだけ手を加えていない自然に近い石を、ごく自然に散らすように並べます。・・・
 西洋でも、人が渡るために石を並べることはありますが、きちんと切り揃えた切り石を整然と等間隔で置きます。ベルサイユ宮殿が典型例です。
日本の和歌は、大変美しい装飾のある料紙に、行頭を上げたり下げたり、行と行の間を不規則に空けたりしながら、濃く薄く、太く細く、自由に書かれてきました。「散らし書き」と呼ばれます。整然と揃えて書かれたものも稀れにありますが、基本的に散らします。・・・
西洋では印刷技術が発達する以前から行頭を揃えて書くのが普通でした。ところが和歌は、 ・・・鶴図下絵和歌巻<(注4)における>・・・光悦の書き方もそうですが、デザイン的な効果を重視して自由に文字が配置されてきました。・・・
 (注4)「この巻物は俵屋宗達が描いた鶴の画の上に、本阿弥光悦が36歌仙の歌を書いたもの。」
http://rakutyuurakugai.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_06b4.html
 <また、>西洋人は周りのものを全て描かないと気が済みませんが、日本では逆に全て切り捨てて・・・描き、しかも・・・<何>を表している<か、きちんと>認識されます。・・・
このように文字と和歌を一つにして描き、しかも漢字も平仮名も用いるという日本の伝統は、大変豊かな文化です。・・・
 日本のデザインは、勝手な並べ方をしているようで、実は不思議な秩序があります。そういう秩序感覚が文字の散らし方にも出てきますし、建築、庭、絵画、和歌、文字全てに共通しています。」(8~20)
→たわみ曲線と散らし書きと余白でもって日本の芸術を語る、高階の視点は、(新説ではないのかもしれませんが、)斬新で説得力がある、と感じました。(太田)
3 終わりに
 私の縄文モード論を、芸術論も取り込んだものへと膨らますことを、いずれ試みたいと思います。
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