太田述正コラム#0509(2004.10.21)
<ブッシュ・MBA・ケースメソッド(その2)>

 (以下、特に断っていない限りhttp://www.indiainfoline.com/bisc/thes.htmlhttp://66.102.7.104/search?q=cache:O8tAwTH0Gv0J:www.ecch.cranfield.ac.uk/europe/pdffiles/obtain/Teachpdfs/Whentouse.pdf+case+method%3Bbusiness+school+%3Bweakness&hl=ja、及び(http://www.cfoeurope.com/displayStory.cfm/1777470(いずれも10月18日アクセス)を参考にした。)
 ケースメソッドを世界で最初に採用したのは、法律家の養成教育を行うハーバード大学のロースクールであり、1870年のことです。
 米国の法体系がイギリスの判例法であるコモンローを継受していることから、判例(case=ケース)集を勉強することは、法令集を勉強することとともに、ロースクールにおいてはもともと不可欠でした。この判例集の中から特定のケースを選び、そのケースの事実関係をそのまま、或いは若干手を加えて学生に提示し、教室を法廷に見立てて、この事実関係を踏まえ、学生に検察官・弁護士・裁判官の役割をそれぞれ演じさせ、議論を戦わせることで、学生達に、当該ケースに関連する法律や判例を習得させるとともに、法廷技術やリーガルマインド(法感覚)を身につけさせることをねらったのがケースメソッドです。
 ロースクールに倣って世界で最初に大学院レベルの経営者養成教育を始めたのが、1908年にハーバード大学で設立されたビジネススクール(Graduate School of Business, Harvard University)です。もともとモデルにしたのがロースクールなのですから、教育方法も同じ大学のロースクールのケースメソッドの採否が検討され、1912年に導入されることになったようです。そして1924年からは、ビジネススクールでの大部分の教育がケースメソッドで行われるようになり、現在に至っています(http://www.mba-advice.us.com/harvard-mba.html。10月20日アクセス)。
 ちなみに、1985年には医者養成教育を行うハーバード大学のメディカルスクールでもケースメソッドが採用され、1992年には全授業がケースメソッドで行われるようになっています。このように、ハーバード大学では、いわゆるprofessional school ではことごとく、ケースメソッドが採用されているのです。
 ハーバード大学から始まったビジネススクールは、次第に全米各地の大学で設置されるようになり、今では世界中にビジネススクールがあることはご存じの通りです。
 しかし、その中にはケースメソッドについてもハーバードのように、全面的に採用するところと、部分的にしか採用しなかったところがありました。(シカゴ大学のビジネススクールのように、ケースメソッドを全く採用しなかったところもあります。)
 
 そろそろ本論に入りましょう。
 経営者・法曹・医者はいずれも専門知識はもちろんですが、人間相手の仕事を行うので対人能力が求められます。しかし、経営者と法曹や医者とでは、その他の能力が求められるかどうかという点で大きな違いがあります。
第一に、法曹や医者は、それぞれ法律学と医学という学問に係る知識と経験を現実に適用するだけで意志決定ができるのに対し、経営ははるかに複雑な営みであって、経営関連諸科学が多岐にわたる(経済学・会計学・統計学・オペレーションズリサーチ・コンピューターサイエンス・組織行動論・マーケティング論・法律学等)だけでなく、これらの諸科学に係る知識と経験を現実に適用しただけで経営者が適切な意志決定をするのは困難だという点です。(法的紛争の解決や患者の傷病の治療には原理的には一つの正解がありえます(注2)が、経営問題の解決のための正解はいくつもありうるという言い方もできるでしょう。)

 (注2)アングロサクソン法系における法廷は、大陸法系のような、真実という「正解」を追究する場ではない。とはいえ、原告側の法曹と被告側の法曹は、(刑事裁判においてすら)敵味方に分かれて対等の立場でそれぞれにとっての「正解」をぶつけ合うが、審判たる法曹である裁判官の判決が確定すれば、それが最終「正解」になる、という点では大陸法系の法廷と変わりがない。
     日本の従来の法学部は、法廷を念頭において仕事をする法曹というより、法律(明治憲法施行以降は国会の下請けとして法律案)を策定するとともに法律に基づく行政を行うところの官僚を養成教育する場として始まり、いまだにこの性格をひきずっている。日本版法科大学院(ロースクール)が法学部とは別個に設置されるに至った背景はここにある。

 そうである以上、法曹と医者は分析力が一番求められるのに対し、経営者にとっては、分析力以上に構想力が重要だ、ということになります。
第二に、法律家や医者は、判決等や診断という意志決定さえできれば、後は確立している既定のルールに則り、その意志決定を収監・強制執行等や投薬・施術の形で実施に移すことができるのに対し、経営者は、経営体の構成員や利害関係者に自らが行った意志決定を売り込み、実施させなければなりません。
 つまり、法曹や医者は実施能力が余り問われないのに対し、経営者には実施能力が求められる、ということです。
第三に、法曹や医者は、法的紛争や患者の疾病をその都度全く別のものとして解決・治療していけばよいのに対し、経営者はゴーイングコンサーンとしての経営体において、刻々と変化する経営体の内外環境に応じて次々に問題を解決していかなければなりません。
 つまり、法曹や医者は静的(static)な対象に係わっており、同じ当事者による法的紛争や同じ患者の傷病の予見能力は余り問われないのに対し、経営者は動的(dynamic)な対象に係わっていることから、予見能力が求められる、ということです。

 他方ケースメソッドは、分析力とこの分析力に基づいた静的な判断力の養成には役立つことから、法曹や医者の養成教育には悪くない手法ではあるものの、経営者にとって不可欠なそれ以外の能力である、構想力・実施能力・予見能力(動的な判断力)の養成には役立ちません。
従ってケースメソッドは、経営者の養成教育の手法としては著しい限界がある、ということが分かります。
 ケースメソッドを補助的にしか用いなかったスタンフォードビジネススクールの隆盛とケースメソッドに過度に依存し続けたハーバードビジネススクールの凋落の原因はここにありそうです。
 
 ブッシュは、学部はエール大学に、そして大学院はハーバードビジネススクールに合格しており、大統領として申し分ない知的潜在能力を持っていると言えます(注3)。

 (注3)現在のエール大学(学部)への入学難易度は、ハーバード・スタンフォードを上回る3位(プリンストンレビュー上掲による)。これはブッシュの入学時から余り変わっていないのではないかと思われる。

 ところが、ハーバードビジネススクールでの二年間の「誤った」教育によって、ブッシュの判断能力は歪められ、かつ発達が抑えられてしまい、そのことが、その後の経営者としてのふがいない成績(上掲NYTimes Magazine 論考)につながったほか、大統領としては、その構想力・実施能力・予見能力の欠如をさらけ出すこととなり、アングロサクソン世界、とりわけ英国における不評を買う大きな原因をつくった、という可能性は大いにあるのです。

(完)

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