太田述正コラム#0518(2004.10.30)
<米国反仏「理論」あれこれ(その3)>

 (コラム#516については再度、そしてコラム#517については初めて「てにをは」を改めて、ホームページの時事コラム欄に再掲載してあります。)

 米国の建国の父であり、かつ「啓蒙思想」家でもあるフランクリン(Benjamin Franklin。1706??90年)・ワシントン(George Washington。1732??99年)・アダムス(John Adams。1735??1826年)・ジェファーソン(Thomas Jefferson。1743??1826年)・ジェイ(John Jay。1745??1829年)・マディソン(James Madison。1751??1836年)・ハミルトン(Alexander Hamilton。1755??1804年)らは、英国の「啓蒙思想」家の強い影響を受けつつも、北米植民地に新天地を求めた人々が英本国の人々と違って、第一に、ピューリタン等の真摯なキリスト教徒が多かったことを踏まえ、「宗教的道徳性」(religious morality)を重視し、そして第二に、北米植民地において国王や貴族抜きの自治を享受してきたことを踏まえ、個人的自由を極限化する政治秩序の確保すなわち「自由の政治」(politics of liberty)を重視するとともに、第三に、「宗教的道徳性」が「自由の政治」が成り立つ必要条件であるとした。
 このことを端的に示しているのが、「政治的繁栄をもたらすあらゆる性向と習慣のうち・・宗教と道徳性は不可欠だ」というワシントンの退任演説の一節だ。

 このワシントンの言葉をノヴァクもまた引用し、かつヒンメルファルブと同趣旨の指摘を行っている(コラム#503)ところであり、米国の建国の父の思想の要約としては、ヒンメルファルブはさほど目新しいことを言っているわけではありません。
 目新しく、かつびっくりさせられるのはヒンメルファルブの結論です。(私の言葉に置き換えています。)

 英国の「啓蒙思想」の「道徳的感情ないしコモンセンス」を受け継ぎ、これを「宗教的道徳性」へと深化させ、更にこれを「自由の政治」と結合させることによって、啓蒙主義の18世紀にあって、米国は世界で最初に、唯一の真に啓蒙化された社会(enlightened society)を実現することができた。
 他方、英国の「啓蒙思想」の下、「宗教的道徳性」が不十分な英国社会は、啓蒙化への歩みが脇道にそれてしまったままだし、フランスの啓蒙思想の下、「道徳的感情ないしコモンセンス」とは無縁でかつ「宗教的道徳性」を真っ向から否定したフランス社会は、啓蒙化への道を一歩も踏み出せないまま現在に至っている。
 そして啓蒙化された米国の現在の姿こそ、ブッシュ大統領の思いやりのある保守主義(compassionate conservatism)であり、キリスト教的諸政策(faith-based initiatives)なのだ。

 この結論は、米国のリベラルにとっても、英国人にとっても、それぞれ別個の理由で受け入れがたいはずです。
 つまり、米国のリベラルからすれば、ヒンメルファルブがフランスの啓蒙思想を否定したことやブッシュを持ち上げたことは受け入れがたいでしょうし、英国人からすれば、米国の建国の父達が同じ18世紀の英国の思想家に比べてより先進的あったとか、独立した米国が英国よりも先進的な社会を築いたとか、今でも英国は啓蒙化された社会とは言えないとか、馬鹿馬鹿しくて論評にも値しない、というところでしょう。
 そもそも、ヒンメルファルブ自身が、米国の建国当時の奴隷制について、「宗教的道徳性」(罪悪である奴隷制)が「自由の政治」(奴隷所有の自由)とぶつかった例外的ケースだと言い訳をしていることだけで、彼女の米国お国自慢の化けの皮がはがれてしまっている、と私は思います。
 私が以前(コラム#504)述べたことからご推論いただけると思いますが、米国の独立「革命」なるものは、英国の「道徳的感情ないしコモンセンス」を「宗教的道徳性」へと退化させたのであり、その結果米国はフランス化(欧州化)し、できそこないのアングロサクソン(bastard Anglosaxon)に成り果ててしまった、と見るべきなのです。

 最後に、後回しにしたヒンメルファルブの英国「啓蒙思想」論の検証を行い、本稿を終えたいと思います。

(続く)

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