太田述正コラム#0586(2005.1.6)
<脱北者問題(その2)>

ハーシュマンのexit/voice(退出/言挙げ)モデル(注7)を引き合いに出すまでもなく、声を挙げても弾圧されるだけであれば、逃げ出すしかありません。脱北です。

(注7)Albert O. Hirschman, Exit Voice and Loyalty: Responses to Decline in Firms, Organizations, and States, Harvard University Press, 1970参照。この本は、スタンフォード大学留学中に読まされた本のうち、最も感銘を受けたものの一つであり、翻訳がなさそうなのが、腑に落ちない。

典型的な脱北者が中国を経由して東南アジアの国にたどり着き、最終的に韓国に到着するまでの艱難辛苦に満ちた旅程はここに繰り返す必要はないでしょう。毎年8000人から1万人が脱北していますが、ゴールに到着できる者はその一割以下です(http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/3932591.stm。8月3日アクセス)。
それでも、脱北者は引きも切りません。
朝鮮戦争が終わった1953年から6,000人以上の脱北者が韓国に渡来しましたが、2004年一年だけで1,890人に達し、前年に比べて50%も増えました(http://www.atimes.com/atimes/Korea/GA04Dg01.html。1月4日アクセス)。
このままでは北朝鮮の崩壊は避けられない、と言っていいでしょう。

3 呆れた韓国

 金正日に愛想づかしをしつつも、体制崩壊だけは食い止めたいと思っている国が三つあります。
 中国、ロシア、それに韓国です。
 中国とロシアはともかくとして、OECD加盟国にして米国の同盟国韓国が北朝鮮の体制が維持されることを念じているのは言語道断です。
これは、何度もこのコラムでも指摘してきているように、韓国に自由・人権の観念が根付いていないことからきています。北朝鮮の体制崩壊に伴う混乱や経済負担を回避するためには、北朝鮮国民がどれだけ飢えや虐待で死亡しようと意に介さないというわけです。
そもそも韓国が、韓国人拉致者の家族にいかに冷たい態度を取ってきたかはよく知られているところですhttp://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A36776-2004Sep20?language=printer。9月22日アクセス)。
その韓国が、つい最近までは脱北者に保護の手を差し伸べてきたのは、脱北者の人権に配慮したものではなく、単に北朝鮮敵視政策の一環に他ならなかったのです。
ところが、韓国は前金大中政権の時から北朝鮮融和政策に転換し、ノ・ムヒョン政権になってからは、国家安全保障法の廃止まで口にされるに至り、事情がすっかり変わってしまいました。
そしてついに昨年の8月に韓国政府は、脱北者に対する政策の変更を示唆し始めたのです(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200408/200408160044.htmlhttp://english.chosun.com/w21data/html/news/200408/200408160056.html。8月17日アクセス)。
昨年12月に入ると、韓国政府は、脱北者の韓国渡来規制・渡来脱北者に韓国政府が与える義捐金の額の減額・脱北ブローカー規制を口にし始めます(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200412/200412200030.html。12月21日アクセス)。
韓国渡来規制については、北朝鮮や中国で犯罪を犯した者は韓国渡来を認めないし、北朝鮮で犯罪を犯した者は渡来後に発覚すれば韓国で裁判にかけるというものです。
義捐金の額については、約26,000米ドルから約10,000米ドルに減額するというものです。
(以上、アジアタイムス上掲による。)
また、脱北ブローカーの規制については、彼らを監視する警官の数を増やすとともに、評判の芳しからぬブローカーの出国を禁止する措置をとるというものです(注8)(http://www.nytimes.com/2004/12/26/international/asia/26korea.html?oref=login&pagewanted=print&position=。12月27日アクセス)。

 (注8)ブローカーには、中国の朝鮮族・韓国人・脱北者で韓国に定住した者、の三ケースがある。昨年韓国に渡来した脱北者の8割がブローカーの世話になっており、彼らは一人当たり約3,800米ドルをブローカーに支払っている。中国はブローカーをすべて犯罪者とみなしている。ブローカーの中には法外なカネを要求したり、カネを受け取るまで脱北者の家族を人質にとったり、カネだけとって何もしなかったりする者がいることも事実。義捐金の減額は、ブローカーに渡るカネを減らす目的もある。

 どのように韓国政府が言い繕っても、これらの措置は脱北者の韓国渡来を妨げようとするものであり、韓国政府の人権感覚が疑われるだけでなく、韓国憲法に違反しています。韓国憲法は北朝鮮も韓国領だとしており、北朝鮮国民は韓国民であり、韓国と北朝鮮の間を自由に行き来できるはずだからです(注9)(アジアタイムス上掲)。

 (注9)北朝鮮で犯罪を犯した脱北者を韓国で裁判にかけるということは、北朝鮮も韓国領だという憲法規定を前提にしているわけであり、韓国政府の政策は矛盾している。このことは、最近南北両政府間でまとまった協定に基づき、北朝鮮の経済特区で韓国企業が北朝鮮労働者を韓国の最低賃金の10分の1の賃金で働かせる(搾取する)はこびになったことについても言える。この場合、韓国の労働法規は北朝鮮には適用されないわけだ。韓国には法治主義すら根付いていない。
 
 遺憾ながら、韓国の国民の60%は以上の韓国政府の措置を支持しています。
 政府は国民のレベルを超えることはできない、とは言い得て妙ですね。

(続く)

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