太田述正コラム#0661(2005.3.16)
<反国家分裂法の採択をめぐって>
1 始めに

 中共の国会、全人代は、会期最終日に反国家分裂法(anti-secession law)を採択しました。
 この法律の第8条では、台湾が分離した時、または台湾が分離に向けて重要な動きをした時、もしくは台湾と平和的に再統一する可能性が完全になくなった時、非平和的手段(武力)を行使しなければならない(shall employ non-peaceful means)、と定めています(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A32353-2005Mar13?language=printer及びhttp://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A34319-2005Mar14?language=printer(どちらも3月15日アクセス))。

2 各国の反応
 
 米国では、ホワイトハウス報道官がこの法律について、「台湾海峡の平和と安定という目標につながらない。我々は平和的手段以外の方法で未来を決めようとするいかなる試みにも反対する」と述べ、その採択を批判しました(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20050314id26.htm。3月15日アクセス)。また、米議会ではこれまでに20人以上の議員がこの法律を非難しています(http://www.ettoday.com/2005/03/10/11195-1763083.htm。3月15日アクセス)。
 EU官僚の中からも、この法律の採択により、台湾海峡の緊張が高まるので、EUが行おうとしている対中武器禁輸措置解除についても再考せざるをえなくなった、という声が出てきています(ワシントンポスト前掲)。
 わが日本でも、細田官房長官は反国家分裂法の採択について、「台湾海峡の平和と安定、(中国と台湾の)両岸関係へのマイナスな影響の観点から、懸念を持っている・・台湾をめぐる諸問題については、武力行使といった対立に一貫して反対の立場を取っている」と述べたところです。
他方、呆れたことに、ロシア外務省は、「反国家分裂法採択の動機は理解できる」と述べています(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20050314id22.htm。3月15日アクセス)。
 また、韓国のメディアは、竹島問題はでかでかと取り上げているのに、ほとんど反国家分裂法採択をとりあげていません。(朝鮮日報の英語電子版が、14日付も15日付けも完全黙殺しているのですから推して知るべしです。)同じ領土問題であっても、台湾問題の方が竹島問題などより安全保障の観点から韓国にとって重大だと私は思うだけに、このような報道姿勢には首をかしげざるをえません。

3 台湾の反応

 次は、この法律の事実上の名宛人たる台湾の反応です。
 先週実施された台湾での世論調査によれば、93%がこの中共の「脅迫」に反発しており、84%が(この法律が言うところの)台湾が支那(China)の一部という考え方を拒否しており、56%が台湾は国防費を増やすことで対抗しなければならない、としています。
 このような世論の怒りを背景に、台湾政府は、反国家分裂法の採択に「最大級の非難」を行うとともに、旧正月に中共との間で行った直行航空便の相互乗り入れを再度4月の休暇に実施する交渉を凍結しました。
また、野党系の有識者達による「これは台湾の人々の間で強い反発を生んでおり、中台関係の将来に暗雲を投げかけるものだ」という共同声明に、最大野党の国民党の二人の副主席も署名しています。
台湾「独立」急進派政党である台湾団結連盟の党員達は、台湾の議会の前で中共の国旗を焼き、台湾政府に、中共との一切の接触を断つように要求しました。
(以上、ワシントンポスト前掲(後者)による。)

4 コメント

 1月初めに(コラム#585で)私が「実質的な「独立」には中共は目をつぶると言っているに等しいのですから、それで満足するか、形式的な「独立」まで突っ走るか、今次総選挙の結果も勘案すれば、陳水扁政権の対応は容易に想像できますね」と指摘した通り、陳水扁政権は2月下旬、形式的な「独立」を先送りした上で、第二野党たる(最も親中共の)親民党との提携を発表するという離れ業を演じました(コラム#642)。これで陳水扁政権の基盤は一挙に強化されたことになります。
他方、「中共は「統一」をあきらめ、台湾を「懲罰」するために、金門・馬祖侵攻くらいはすべきところ、それすら行わず、反国家分裂法導入でお茶を濁した」(コラム#585)というのが、かねてよりの私の見方です。
 実際にこの法律を採択した結果は、覚悟の上とはいえ、中共は、台湾の世論及び全政党から総スカンを食らい、米日を一層中共から遠ざけ、EUまで離反させかねない、という玉砕的状況です。
 台湾の反応を見れば、既に「台湾と平和的に再統一する可能性が完全になくなった」ことは明白なのに、中共が台湾に武力行使する可能性は皆無であり、この法律の「権威」が採択後ただちに地に落ちることは必至です。
 次に中共は、冷却期間を置いた上で、よりを戻すべく、台湾にプレゼント攻勢をしかけてくるはずです。
 陳水扁政権がどれだけ中共を手玉に取るか、静かな声援を送りながら、高見の見物といきましょう。