太田述正コラム#10209(2018.11.23)
<吉田裕『日本軍兵士–アジア・太平洋戦争の現実』を読む(その10)>(2019.2.12公開)

 「アジア・太平洋戦争の開戦前の段階で、陸軍は対ソ戦を想定して作られている歩兵操典、歩兵射撃教範、作戦要務令などの典範令(正式には、典令範)を対米英戦むきに抜本的に改正する意思を持っていなかった。
 典範令とは、戦闘や教育、訓練などの基本を定めた各種の教本のことを指す。・・・
 <また、>開戦後も陸軍の教育、訓練の実態はまったく変わらなかった。・・・
 1942年2月<に>・・・陸軍歩兵学校へ・・・入校<し>た・・・佐々木春隆は、・・・学生の大部分が中国各地から集まっていたのに、対支[対中]作戦や警備の教育はほんの付け足しで、・・・歩兵のメッカは対ソ戦のメッカに偏していると思われた<、と記している。>・・・
 参謀本部第二部第六課に勤務していた大屋角造は、「軍中央部が従来の対ソ重視態勢、教育訓練、情報収集の重点、戦法研究などを対米軍重点に切り替えたのは、<なんと、>敵の反抗<が>ようやく激化してきた昭和18年後半にいたってから<だった>」と記している・・・。・・・

⇒陸軍における昭和18年後半以降の動きは、米軍と真剣に戦おうとしていないという批判を回避するためのアリバイ作りでしかなかったのではないでしょうか。(太田)

 1944年に入ると制空権、制海権は完全に米軍が掌握するようになる。

⇒しかし、支那の制空権は米軍が掌握するところまでは行かず、大陸打通作戦が行われて大成功を収めるのですから、杉山らにとっては、それで十分だったわけです。(太田)

 そうしたなかで、陸上戦闘における日本軍兵士の最大の脅威は、75ミリ砲を搭載した米軍のM4中戦車だった。・・・
 日本軍が性能の大きく劣る戦車や貧弱な対戦車兵器しか持っていなかったため、その後の戦闘で日本軍に対して猛威を振るった。・・・
 国力を超えた戦線の拡大や、戦争終結という国家意思の決定が遅れた背景には、明治憲法体制そのものの根本的欠陥がある。

⇒とんでもない。
 明治憲法体制・・明治憲法にも私見では規範性がないので、あくまでも、その時その時の政府憲法解釈に基づく体制ということですが・・のおかげで、日本は、陸軍が主導する形で、先の大戦の戦争目的を設定し、その全目的をほぼ達成するという大勝利をあげることができたわけです。(太田)

 一つは言うまでもなく、「統帥権の独立」である。・・・」(142~144、146、148~149、156)

⇒私は、統帥権の独立は、(外交実施本部的なものが存在しないところの)外交権の独立並びのものとして認識されるべきものではなく、軍部大臣現役武官制(コラム#10042)同様、政党勢力による、密教たる島津斉彬コンセンサスへの容喙を回避するための装置だった、という見方をするに至っています。
 憲法上の根拠のない軍部大臣現役武官制が仮に廃止され、政党勢力が陸軍省・海軍省に影響力を行使できるようになったとしても、なお島津斉彬コンセンサスに則った軍事力運用が可能であるようにすべく、山縣有朋等の元老級の島津斉彬コンセンサス信奉者達が、この制度を憲法に設けた、と。
 このような見方に立つと、東條内閣における、1944年2月の首相の(軍需相と)参謀総長の兼任、海相の軍令部総長の兼任、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%A2%9D%E8%8B%B1%E6%A9%9F
の評価も異なってこざるをえません。
 つまり、その前年の11月5日、6日の両日、東京で開催された大東亜会議の場で、大東亜共同宣言が採択された
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9D%B1%E4%BA%9C%E4%BC%9A%E8%AD%B0
ことで、議会も含め、日本政府が、名実ともに島津斉彬コンセンサスを、顕教化された形で信奉するに至った(注9)ことを受けたものであった、と見ることができそうなのです。(太田)

 (注9)大東亜戦争の開戦の詔勅(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)にはアジア主義的言辞は皆無だった。
http://www.geocities.jp/taizoota/Essay/gyokuon/kaisenn.htm
 それどころか、「1941年11月15日に大本営政府連絡会議が決定した、・・・<内部文書たる>「対英米蘭蒋戦争 終末促進に関する腹案」<の中にさえ、アジア主義的言辞は皆無であり、>「東南アジア南太平洋における米英蘭の根拠を覆滅し、戦略上優位の態勢を確立すると共に、重要資源地域ならびに主要交通線を確保して、長期自給自足の態勢を整う」と<あるだけだった。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%88%A6%E4%BA%89#%E5%AE%A3%E6%88%A6%E5%B8%83%E5%91%8A%E3%81%A8%E9%96%8B%E6%88%A6

(続く)