太田述正コラム#10225(2018.12.1)
<謝幼田『抗日戦争中、中国共産党は何をしていたか』を読む(その2)>(2019.2.20公開)

3 謝幼田『抗日戦争中、中国共産党は何をしていたか』を読む

 「・・・私は・・・北京で近年出版された抗戦に関する史書を読むことにした。
 それらは、主として中共中央の文献や元帥、将軍たちの回想録である。
 その結果、私の眼前に現れたのは想像しがたい歴史的事実だった。
 いかなる中国人であれ、これを知れば怒り心頭に発することだろう。
 中華民族は裏切られたのである。
 それは公然と国を売った汪精衛(兆銘)集団とさえ比べものにならないほどの裏切りなのである。」(8~9)

⇒本書の訳者の坂井臣之助・・1941年~。慶大経卒、共同通信社での二度の香港特派員、そして論説委員、を経て東海大非常勤講師。(奥付)・・は、訳者あとがきの中で、「本書・・・は、中共の情報宣伝工作の「凄さ」をあますところなく描いている・・・。魯迅はかつて、中国人は「瞞」(あざむき)と「騙」(かたり)の中で生活していると書いた。つまり、騙し騙される世界が何千年も続いてきたのだが、抗日戦争中の中共の戦略戦術は突き詰めて言えば、「瞞」と「騙」であったと、中国の若手作家余傑(注1)氏は喝破している。本書は最初から最後まで、まさにその中共の戦略・戦術の巧みさ、あるいは白を黒と言いくるめる毛沢東一流の策略を克明に分析している。」(236)とともに、「「抗日戦争で中華民族を裏切ったのは毛沢東と中国共産党」という内容が、アメリカ、香港、台湾などで評判を呼び、版を重ねているほか、中国大陸では海賊版が相当出回っているという。」(234)と記しています。

 (注1)1973年~。北京大卒、同大修士(文学)。ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏らと、2008年に発表された「08憲章」に署名。2012年1月活動の拠点を米国に求め出国し、事実上亡命。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%99%E6%9D%B0

 苦笑させられるのは、著者も、この訳者も、自分達が、「・・・「凄<い>」・・・中共の情報宣伝工作の」標的とされ、その手先に使われているかもしれないという疑いを、露ほども抱いていなさそうであることです。
 どうして、そんなことが書かれているところの、物騒な、「主として中共中央の文献や元帥、将軍たちの回想録」が、(恐らくは)改竄もされずに「出版」されたのか、を、なぜ、この2人は不思議に思わなかったのか、ということです。
 より具体的に言えば、このような「想像しがたい歴史的事実」をあえて公開すること、更には、著者や余傑のような人物を国外に意図的に放逐し、彼らの手によってセンセーショナルにこの事実が広報されるとともに、それが中共内にヤミ還流してくることまで、中共当局が期待している可能性がある、と、なぜ思わなかったのか、ということです。
 問題はもう一つあります。
 著者が、「公然と国を売った汪精衛(兆銘)集団」と言い切っていることです。
 これは、ある意味、不思議なことに、中共の公定史観と一致しているわけですが、著者は、自分でこの汪兆銘公定評の検証をしたのでしょうか、恐らくしていないのではないでしょうか。
 これについては、検証するために必要な史料が存在しないか公開されていない可能性がありますが、仮に前者であれば、上のように言い切ることはできないはずですし、仮に後者であれば、いや、後者である可能性があるだけでも、中共の対日抗戦ぶりに係る「中共中央の文献や元帥、将軍たちの回想録」だけが公開されたのはどうしてか、を不審に思わなければならないはずなのですが・・。
 これでは、著者の歴史学者としての資質に疑問符を付けざるをえません。
 また、本件についても、訳者は著者と同じ見解なのでしょうか。
 先程の件ではわざわざ著者と同見解であることを事実上明らかにしている以上、本件についても、何らかの見解表明が・・ジャーナリストであった一日本人として・・必要でした。
 更に穿った見方ですが、著者や余傑が、そもそも、中共の工作員である可能性すら、私はありうると思っています。
 (お二方、私を名誉棄損で訴える前に、私の諸疑問に答えてくださいね。また、わざわざこの本をシリーズで取り上げたくらいなんですから、お二人によるこの著作の意義は認めているということもご考慮いただきたいものです。)(太田)

(続く)