太田述正コラム#10363(2019.2.8)
<丸山眞男『政治の世界 他十篇』を読む(その17)>(2019.4.28公開)

 「<さて、>われわれは表面からくる宣伝には敏感になっているが、最も巧妙な宣伝というものは決して正面からは宣伝しない。・・・
 <今や、>われわれの「輿論」<は、>日々、新聞・ラジオによって養われていく。
 このような無意識的に潜在している心的傾向を利用する宣伝からわれわれの自主的判断を守ることは非常に困難である。
 「嘗て人は自由に思考する事が許されなかった。
 いまやそれが許された。
 しかしもはや許されたときは自由に思考できなくなっている」(O. Spengler<(注17)>. Das Staat<(注18)>, S.176)」(61~62)
 
 (注17)オスヴァルト・アルノルト・ゴットフリート・シュペングラー(Oswald Arnold Gottfried Spengler。1880~1936年)。「非ヨーロッパ勢力の台頭を受けて書かれた主著『西洋の没落』<の第1巻(1918年)で>、・・・当時のヨーロッパ中心史観・文明観を痛烈に批判した」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%BC
 そして、第2巻(1922年)で、ドイツの社会主義は、マルクス主義ともイギリスの社会主義とも異なり、ドイツの保守主義と整合的であると主張した。
 なお、彼は、ハレ大博士だが、博士論文の典拠付けが不十分であったことから、大学教師への道を閉ざされたところ、『西洋の没落』の大成功により、ゲッチンゲン大学から教授就任依頼があったものの、著述の時間が奪われると辞退。
 また、彼は、(母方の祖母がキリスト教に改宗したユダヤ人だったが、)ナチをその人種主義の故に拒絶し、イタリアのファシズムに共感を示した。
https://en.wikipedia.org/wiki/Oswald_Spengler 
 (注18)シュペングラーにそんな著書はない(上掲)。丸山の勘違いではないか。

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[『西欧の没落』について]

 「シュペングラーは・・・比較類推の手法によって、まずギリシア・ローマ文化と西洋文化の比較をおこない、そこで見いだされた特徴・・・をもって、これをパターン(形態)に分け、それをエジプト文化・バビロニア文化・アラビア文化・インド文化・中国文化・メキシコ文化の6つの歴史領域にあてはめていった(のちにロシア文化が加わった)。・・・
 ついで・・・6つの歴史領域にひそむパターン(形態)が、共通してどのように変遷していったかということ<について、>・・・成長期・後半期・没落期がおこっていることを”立証”した。・・・
 ヨーロッパの現状がどこにあるかというと、シュペングラーは・・・後半期<の後期>・・・に入ってしまっていると断じ、・・・もはや新たな創造力を失って、全身をフル稼働させながら老境に向かって衰退していくしかあるまいと見た・・・」
https://1000ya.isis.ne.jp/1024.html

 「『西洋の没落』は1918年に第一巻が出版され、西洋(独仏英)にセンセーションを起こした。
 第一次世界大戦後の疲弊し自信を喪失したヨーロッパ知識人に今更ながら、衝撃を与えたわけだ。
 ヨーロッパはこのままユーラシア大陸の変哲もない半島になりはてる。アメリカやロシアの登場で二流の地位に追い落とされる。それが当時の西欧諸国のなかで渦巻いたのだ。・・・
 世界史の流れのなかで冒頭から数学史を持ち出している有名な歴史書はシュペングラーのこの本だけであろう。・・・
 古典期ギリシアからアレキサンダー大王後のヘレニズム、そしてローマ帝国への推移における「数学」の変容をもって、後代の西洋列強諸国の「数学」が同様の変容を示していることを、これまた強烈な思い入れで検証してみせた。
 「ローマ帝国」というのはシュペングラーの世界では「アメリカ合衆国」に比定される。ギリシアの都市国家はもちろん「ヨーロッパ」なのだ。
 そうしておいて、数学の流れが文明の興亡を物語るというのが、シュペングラーの・・・史観なのだ」
http://d.hatena.ne.jp/Hyperion64/20170623/p1

⇒私はこの書を読んでいないのだが、アジアならぬ、「西洋」の一環である米(そして副次的に「西洋」の延長である露)の「勃興」に刺激されて「西洋の没落」本を書いたシュペングラー、及び、この本を一時的にせよ、もてはやした「西洋」の読者達の、良く言えば時代制約性、悪く言えば、唯我独尊性/視野狭窄性/人種主義性、に、私は鼻白む思いがする。(太田)
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⇒ドーソンやドストエフスキーのような人物達の言を引用するよりは筋がよろしいが、丸山は、シュペングラー・・O. Spenglerと言ったら、通常、このシュペングラー以外を指しているとは思えない・・によるところの、このような、その中核的主張とは余り関係のなさそうな言を引用するくらいなら、カール・マンハイム(注19)ら大衆社会論で知られる著名な余人の言を引用した方が説得力があったのではないでしょうか。(太田)

 (注19)Karl Mannheim(1893~1947年)。「オーストリア・ハンガリー帝国のブダペストで、ユダヤ系ハンガリー人を父とし、ドイツ人を母として生まれる。・・・知識社会学の確立者として位置づけられる<が、>・・・政治社会学の視点からの大衆社会mass society分析の出発点を提起したといってよい。リースマン、フロム、ミルズなどの大衆社会論は、多かれ少なかれマンハイムからの影響を受けている。」
https://kotobank.jp/word/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%A0(Karl%20Mannheim)-1596761

(続く)