太田述正コラム#8182005.8.9

<不平等の病理(その2)>

 (本篇の上梓は8月1日です。4日から12日まで夏休みをとるので、上梓頻度を増しています。)

4 何が見えてくるか

 (1)日本について

   ア 権力の配分

 所得分配が再び不平等化しつつある、と言われている日本は、依然として女性は世界一位、男性は世界第二位の平均寿命を誇っており(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life04/3.html。8月1日アクセス)、殺人事件発生率も依然世界有数の低さを維持しています(コラム#785)。

 私は、現在の日本の社会が、不平等の病理を免れているのは、所得分配が比較的平等であるだけではなく、権力の分配もまた比較的平等であるからだ、と思います。

 政治の世界を見てみましょう。

 戦前の首相の多くは官僚か軍人出身であり、彼らは、少なくとも学歴から見れば、帝大や陸士・海兵/陸軍・海軍大卒の日本の最高の知的エリート達でした。

 戦後の首相も、比較的最近までは東大卒(池田勇人首相は京大卒)、とりわけ高級官僚出身者がめじろおしでした。社会党政権の片山哲首相すら東大文学部卒の弁護士でした。また、岸信介首相は、東大法学部の教授の中でも俊秀の誉れ高い民放の我妻栄と東大の同期生でしたが、その我妻を押さえて岸が法学部でトップの成績だったことは余りにも有名です。

 ところが、無学歴の田中角栄が1972年末に首相になった頃から様子が変わってきます。

 最近で言うと、羽田孜首相は成城大学卒、村山富市首相は明治大学卒、橋本龍太郎首相は慶應義塾大学卒、小渕恵三・森喜朗両首相は早稲田大学卒、小泉純一郎首相は慶應義塾大学卒、そして次の首相の呼び声高い阿部晋三自民党幹事長代理は成蹊大学卒、であることはご存じでしょう。

(以上、典拠省略。)

 このような首相の学歴低下の背景として、戦後の吉田ドクトリン墨守の帰結として、日本の外交防衛政策は米国が事実上とりしきり、日本の政治家は地方自治体レベルの政治しかやってこなかったため、政治家に高い資質が必要でなくなった、ということがあります(注2)(注3)。

 (注2)戦後二世議員が増えたことも、首相の学歴低下と無縁ではない。地盤は相続できても出身大学まで相続はできなかったということだ。ちなみに、羽田・橋本は二世議員、小泉・安倍は三世議員だ。

 (注3)私は何も、IQや学力において傑出していることが、大統領や首相クラスの一流政治家になるための必要条件だと言っているわけではない。

 戦後の米国と英国の例を見てみよう。

米国については、トルーマン大統領Harry S Truman。民主党。就任1945?53)は無学歴、ジョンソン大統領(Lyndon B. Johnson。民主党。就任1963?69)はテキサス州のSouthwest Texas State Teachers Collegeという無名の大学卒、そしてレーガン大統領(Ronald Reagan。共和党。就任1981?89年)はイリノイ州のEureka Collegeという無名の大学卒だ。

英国については、キャラハン首相(James Callaghan。労働党。就任1976?79年)とメージャー首相(John Major。保守党。就任1990?97年)は無学歴だ

(キャラハンは内国歳入庁の吏員からのたたき上げだ(http://en.wikipedia.org/wiki/James_Callaghan。8月1日アクセス)が、メージャーの場合、家が貧しくて大学に行けなかったという事情はあるものの、そもそも学校の成績がまるで冴えない少年だったようだ(http://en.wikipedia.org/wiki/John_Major8月1日アクセス)。)

ただ、以上の米英の5人は、戦後の米国の大統領11人と英国の首相12人、計23人の中では例外に属することもまた覚えておいて良かろう。

(米国の残りの8人の大統領は、アイゼンハワーが陸軍士官学校、カーターが海軍士官学校、その他の6人はアイビーリーグの大学(ハーバード・エール・ブラウン)の学部または大学院卒だし、英国の残りの10人の首相はチャーチルが陸軍士官学校、その他の9人はオックスブリッジ卒だ(典拠省略)。)

 つまり、日本の最高権力者である首相でさえ、行使している権力は、地方自治体の首長に毛が生えた程度だ、ということです。

 これなら、現在の日本における権力分配の不平等度は小さい、と言えそうです。

 より重要なのかもしれないのは、戦後の日本人の仕事の場、とりわけ大企業や役所の中における権力分配の不平等度が小さい、という点です。

 

(続く)