太田述正コラム#10538(2019.5.6)
<三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』を読む(その14)>(2019.7.25公開)

 「・・・「慣習の支配」とその下で固定化された身分構造が打破されると、家族を基本要素とする身分から解放された個人の自由とそれにもとづく選択の領域が拡大します。
 バジョットがその歴史観の形成に大きな影響を受けた同時代の歴史家ヘンリー・S・メイン<(注7)>は、よく知られているように、この歴史的変化を「身分から契約への移行」と要約しました。

 (注7)Henry James Sumner Maine(1822~88年)。ケンブリッジ大(古典学)卒、同大大陸法学教授、インド英当局顧問、オックスフォード大法史・比較法教授、ケンブリッジ大国際法教授。
https://en.wikipedia.org/wiki/Henry_James_Sumner_Maine

⇒メインのその主張は、ローマ法(ひいては大陸法)研究の成果(上掲)なのであって、コモンロー(英米法)の世界に関してもそうである、とまで彼が考えていたかどうかは疑問です。
 コモンローの世界以外の全ての世界・・野蛮な世界?・・に当てはまる、と考えていた可能性は高いですが・・。
 なお、メインの邦語ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3
は「ケンブリッジ大学教授となって・・・民法を教えた。」とありますが、文脈からして、ここはcivil lawを「民法」ではなく「大陸法」と解すべきでした。(太田)

 バジョットの理解では、フランス大革命において発生した残酷と恐怖の場面は、人間性の隠され、抑えられていた側面を表出させたものであり、旧体制の抑圧が破局によって取り除かれ、突然に選択の自由が与えられた時、秩序と自由との間隙を縫って浮上したものでした。・・・

⇒私見では、「人間性の隠され、抑えられていた側面」の最たるものは人間主義であることから、このような「バジョット」による性悪説的な人間「の理解」・・三谷がバジョットの「理解」を正確に伝えているかどうかは知りませんが・・には私は与しませんが、三谷は、本件に係る自分の見解を明らかにすべきでしたね。
 さて、このように、人間について広義の性善説に立つべきか広義の性悪説に立つべきか、はともかくとして、「フランス大革命において発生した」ものに比肩しうる「残酷と恐怖の場面」は、イギリスにおいては「名誉革命」の時にはもちろん、「イギリス内戦」の時にすらイギリス本国内では生じていないことから、フランス、より一般的には欧州、と、イギリス、をこの点で分かったものは何か、を、三谷には少なくとも追求して欲しかったところです。
 それは宗教戦争・・少なくともその側面も強かった内戦・・の有無です。
 フランスには、このような宗教戦争として、ユグノー戦争(1562~98年)があり、ドイツには三十年戦争(1618~48年)があったところ、どちらも、「残酷と恐怖の場面」に満ち満ちていました
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%B0%E3%83%8E%E3%83%BC%E6%88%A6%E4%BA%89
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8D%81%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89
が、イギリスでは、これらに相当するような内戦は一度も起こりませんでした。
 それは、これまた、皆さんよくご存じの私の見解では、イギリスが、自然宗教志向性があるところの、本来的には反キリスト教的、より一般的には反一神教的、な社会だからなのです。
 私見では・・と連発して恐縮ですが・・、単純化して言えば、「フランス大革命において発生した残酷と恐怖の場面」は、ユグノー戦争時のそれの「表出」であり、また、先の大戦においてドイツがユダヤ人達等に対して行ったことの「残酷と恐怖の場面」は三十年戦争時のそれの「表出」だった、のです。(太田)

 バジョットにとって「近代」の課題とは、自由と秩序との両立であり、バジョットの「近代」概念はその課題の解決を志向するものでした。
 そのような目的意識から、「近代」概念の中核に据えられたのが「議論による統治」だったわけです。・・・
 そこでの議論の主題は具体的な政策論よりも、むしろ抽象的な原則論であるべきでした。・・・

⇒バジョットは、イギリスと欧州とを区別するものを、以上のような私の考えとは違って、「議論による統治」なるものに求めたわけです。
 いずれにせよ、強いて言うならば、イギリス内戦の主要テーマであったところの議会主権の是非をめぐる「抽象的な原則論」が唯一の例外かもしれませんが、イギリスでは、欧州のように、キリスト教内での、後にはリベラルキリスト教的なもの相互間での、熾烈な内ゲバ等を招来したところの、「抽象的な原則論」に、イギリス人達がさして関心がなかったことに、私はむしろ注目したいのですが、どうやら、バジョットや、従ってまた、三谷、と私とでは、この点でも基本的認識において相容れないものがあるようです。(太田)

(続く)