太田述正コラム#10556(2019.5.15)
<三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』を読む(その21)>(2019.8.3公開)

 なぜ、この合議制というべきものが幕藩体制の中で準備されたのか。
 その理由は、おそらく将軍を補佐する特定の人格、または特定機関やそれを拠点とする特定勢力への権力の集中を抑えるためだったと考えられます。
 さらにこの合議制は、月番制、つまり勤務が一カ月ごとの短期のローテーションによって行われる制度と重なっていました。
 すなわち合議制および月番制によって権力の集中が抑制される仕組みが幕府の政治的特質としてあったのです。
 一種の権力の相互的抑制均衡のメカニズムがあったというべきでしょう。

⇒後述するように、この後、福澤諭吉の幕藩体制における権力の分散の指摘の紹介とこのことに対する三谷の高い評価がなされるのですが、その福澤が、幕藩体制における合議制についても月番制についても一言も書いていなさそうなのはどうしてか、について、三谷は疑問に思わなかったのでしょうか。
 いや、疑問に思ったからこそ、というか、福澤のみならず、幕藩体制のこの部分について、維新期に、指摘・評価を行った人物(史料)が見当たらなかったからこそ、三谷は、「その理由は、おそらく」などという自信なさげな書き方をしたのではないでしょうか。<(注19)>

 (注19)もっとも、三谷はまだ良心的なのであって、ネット上には、下掲のような断定的な記述が散見される。↓
 「老中を1人にせず月番制にしたのも、権力の独占を防ぐためです。例えば鎌倉幕府では、途中からナンバー2の執権が実権をもち、将軍は“お飾り”になってしまいました。江戸幕府では、老中を4~5人選び、大切なことはみんなで話し合って決めていました。」
https://nihonsi-jiten.com/roujyuu/

 私は、月番制が先にあって、合議制はその結果として生じた、と想像しています。
 前にも記したことがあります(コラム#省略)が、幕藩体制下、幕府も各藩も、軍人兼役人たる武士達を、対外的にも国内的にも日本が平和になったにもかかわらず、基本的に人員整理を行うことなく抱え続けたところ、人間、仕事を与えないと碌でもないことを考えたりやったりしかねないこともあり、彼らに無理やり仕事を与えたものの、仕事量に対して人員が多すぎるので、あらゆる役職を、できる限り月番制にせざるをえなかった、と、私は見ているのです。
 月番制である以上、定期的に引継ぎが必要になることから、しかも、引き継ぐべきことは当該役職における相対的重大事でしょうから、結果的に、定期的に重大事に関し事実上の合議が各役職において行われることとなった、とも。
 だからこそ、合議の有無、合議の時日や対象、について定かではない場合がある、ということではないか、とも。
 逆に、かかる合議が、引継ぎ時以外にも行われるようになった役職も出現した、ということではないか、とも。
 私自身が言うのもなんですが、これ、ごく常識的な説だと思うのですが・・。
 余りにも当たり前だったからこそ、誰も、こと改まって、月番制/合議制の趣旨めいたことを記さなかった、ということではないでしょうか。(太田)

 合議制については、マックス・ヴェーバーが大著『経済と社会』の一節の中で、一つの注目すべき見解を出しています。・・・
 支配者は合議制によって、それに参与する専門家たちを相互に競わせ、それを通じて彼らをコントロールする、そして、支配者自身が特定の専門家たる個人の独占的な影響によって恣意的な決定を行うことがないようにしようとする、・・・<という>のです。
 ウェーバーによれば、こういう意味の合議制は成立期の絶対君主制に典型的な制度です。・・・
 
⇒これは初耳です。
 私は、大学の教養課程の時以来、社会人になってからもしばらくは、ウェーバー(ヴェーバー)の諸著作や解説群によく目を通したものですが、彼の主要諸主張が列挙されたものの中で、絶対王政期の合議制的なものが挙げられていたことはありません(「典拠」省略)し、絶対王政や官僚制のそれぞれの現在の邦語ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B6%E5%AF%BE%E7%8E%8B%E6%94%BF
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%98%E5%83%9A%E5%88%B6
の中でも一切言及がありません。
 ちなみに、最も典型的な絶対王政とされる、フランスのルイ14世の時代には、途中から宰相が置かれなくなり、3~5名が出席する国務会議が置かれましたが、それより下位の官僚機構に合議制的なものが導入された気配はありません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A414%E4%B8%96_(%E3%83%95%E3%83%A9%E3%
 直接『経済と社会』にあたらずしてこんなことを言うのは控えるべきですが、私は、ウェーバーが、デンマーク絶対王政下における、「合議制を採用する中央行政官庁の設置」のような事例
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-09610393
に注釈的に言及した、という程度の話ではないか、という気がします。(太田) 

(続く)