太田述正コラム#9692005.11.26

<ホロコーストはあったのか?(その1)>

1 初めに

 一人の読者から、あるサイト(http://maa999999.hp.infoseek.co.jp/ruri/sohiasenseinogyakutensaiban2_mokuji.html)を読んだ感想として、「強制収容所があったのは確かだけれど、・・ガスで殺された人の検死結果がないとの話もあり・・絶滅収容所などではなく「強制労働所」だったのではないように読めます。ユダヤ人のホロコースト話には中国共産党が南京大虐殺30万人と言っているのと同じようなうさん臭さを感じます。太田さんからすれば考慮にあたらない与太話なんですかね。」という問題提起がありました。

 はい、ヨタ話です。

2 私の方法論

 私は、歴史家ではありません。

 つまり、原則として第一次資料に直接あたることはしません。

 物事の真偽を見極める際には、第二次資料源の信頼性を判断した上で、それに拠る、ということです。

 いかなる第二次資料源を信頼するのか?

 英米、就中英国の高級紙の記事・論説や、英米、就中英国の一流大学の学者の言であれば、信頼性が高い、と考えています。

 その理由については、ここでは立ち入りません。

3 ホロコースト否定サイトの信頼性

 まず、上記サイトの信頼性は低いと言うべきでしょう。

 そのコミック調の体裁を問題にしているのではありません。

 まず、このサイトの執筆者が明らかにされていません。

 しかも、一見第一次資料に典拠して執筆されているように見えるけれど、典拠サイトや資料が膨大なだけでなく、その中には英語、ドイツ語、ロシア語のものが含まれており、到底このサイトの執筆者が自分でこれら原典にあたったとは考えられません。

 となれば、何か種本があるはずです。

 しかし、その種本の名前がどこにも出てきません。これはアンフェアです。

4 ホロコースト否定論者アーヴィング

 このサイトの執筆者は、どうやら、英国の「歴史家」アーヴィングDavid Irving1938年?)の説に拠っているようです。種本までは分かりませんが、彼のHitler’s War’あたりではないでしょうか。

(以下、特に断っていない限り、http://en.wikipedia.org/wiki/David_Irving1125日アクセス)による。)

 アーヴィングは、今月11日、オーストリアに入国した時に逮捕されました。容疑は、1989年に彼がウィーン等で行った講演で、ホロコーストの存在を否定したというものです。ドイツでもそうなのですが、オーストリアでは、ホロコーストの存在を否定することを禁止する法律があるのです。

 彼の主張は、ヒットラーは「ホロコースト」については全く知らなかったし、そもそも、「ホロコースト」を裏付ける証拠は皆無だ、というものです。そして、ユダヤ人がナチスによって「殺された」ことは事実だが、その数とユダヤ人収容所でユダヤ人がガス室で殺されたということに疑義を呈しています。すなわち、ユダヤ人の死亡数は、世上言われている数よりはるかに少なかったし、収容所で死んだ理由は、もっぱらチフス等の病気による、というのです。

(以上、http://www.nytimes.com/aponline/international/AP-Austria-Irving-Arrested.html?pagewanted=print1118日アクセス)による。)

ホロコースト否定論者は少なくないのですが、その中で、アーヴィングは最も知られています。

というのは、今でこそ、歴史学者としては彼は生命を絶たれていますが、かつては学界でもそれなりの評価を受けたことがある人物だからです。

彼は、1963年に初めて出した本で、先の大戦における連合軍によるドレスデンの絨毯爆撃(コラム#423831879)を非難し、一躍有名になります。連合国側にも戦争犯罪があった、という彼の問題提起は、ドイツでもてはやされただけでなく、既にドレスデン等への絨毯爆撃が議論になりつつあった英国で、多くの人々の支持を得、この本はベストセラーになるのです。

しかし、この本の中で、彼はドレスデン爆撃による死者数を約135,000人と過大に見積もりすぎており、現在では約2万5,000人から約3万5,000人、というのが定説になっています。この時点では、彼が第一次資料を都合良くねじ曲げたのは、この数字くらいでしたが、その後、次第に彼は、連合国が犯した罪は大きく、ドイツが犯した罪は小さく、第一次資料をねじ曲げる度合いが多くなって行き、それに伴って彼の信用は急速に低下して行くのです。