太田述正コラム#10132005.12.22

<現在のイランを見て思うこと(その3)>

(どうやら、21日一杯投票させるようなので、最後までhttp://books.mag2.com/dynamic/m/0000101909/index.htmlをクリックして、「第回 まぐまぐBooksアワード」での本コラムへの投票をよろしく。現在まだ11位ですが、12位・13位から猛追を食らっており、風前の灯火です!)

 ブッシュ米大統領は、どうやら本当に神懸かりらしいと以前(コラム#949で)申し上げたところですが、アフマの神懸かりの程度はブッシュの比ではありません。

 アフマは、9月に国連で演説した(コラム#875)際、神からの啓示があったと後で語りました。

 また、アフマは、メシア(マーディ(mahdi)=Imam ZamanTwelfth Imamの再臨(シーア派教義の核)が近いと信じ込んでいるようなのです。

 イランでは、3年前から、近々、テヘランの南65マイルに位置するシーア派の聖地の一つであるジャムカラン(Jamkaran。やはり有名な聖地であるコム(Qom)の東隣)のモスク(Jamkaran mosque1,000年前にマーディその人の命によって建立されたと信じられている)にマーディが降臨するとの噂が出ており、アフマの内閣は、ジャムカランの整備に1,700万米ドルの予算を計上し、このモスクとテヘランを直につなぐ鉄道の建設を検討していると伝えられています。

 マーディの再臨が迫っているとアフマが信じ込んでいるからこそ、この再臨の環境を整えるため、アフマは、シーア派の理想に沿った社会を、イランを中心としたイスラム世界に大急ぎでつくろうとしているというのです。イランの政府高官達や主要国に派遣されていたイランの大使達を軒並み更迭して後任に強硬派を充てたり、イランの核武装を急いだり、イスラエル抹殺発言やホロコースト否定発言等を繰り返しているのは、この文脈の中で理解すべきだというのです。

(以上、http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1671085,00.html、及びhttp://www.csmonitor.com/2005/1221/p01s04-wome.html(どちらも1221日アクセス)による。)

そうした中で、アフマは、19日、イランの国営TV及びラジオ(ということは、地上波の電波メディアの全て)から、クラシック音楽を含む、欧米の音楽を閉め出す決定を行いました。この点についても、1979年のイスラム革命当時に戻そうというわけです(http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/middle_east/4543720.stm、及びhttp://www.nytimes.com/aponline/international/AP-Iran-Music-Ban.html?pagewanted=print(どちらも1220日アクセス))。

 (2)宗教の恐ろしさ

  ア 始めに

 有力な政治家、特に国や地域の指導者たる首脳が神懸かるのは、恐ろしいことです。

 彼らは、「神託」を実行に移す物理的手段を持っているからです。

 11世紀末に法王の命令で始まった十字軍が、2世紀近くにわたって、いかなる災厄を近東にもたらしたかはご存じのとおりです。

 また、共産主義を一種の宗教だと考えれば、旧ソ連・中共・カンボディア等で行われた無辜の人民の大虐殺は、スターリン・毛沢東・ポルポト等が神懸かったために起こったのです。

  イ 問題の多い李登輝

 台湾の李登輝前総統は、現在公職にこそ就いていませんが、台湾「独立」を、民進党よりも過激に追求している台湾団結連盟という第二与党の事実上の党首たる現役の政治家であり、台湾において、隠然たる影響力を持っている人物です。

 この李登輝(敬称略)が今年3月、台湾神学大学から名誉博士号を授与されました。

 キリスト教会に功績のあった牧師に与えられることになっているこの名誉博士号を、平信徒である人物に授与する理由について、同大学は李登輝が、「台湾人意識を喚起することとともに、キリスト教の福音の普及に努めた」ことを称えた上で、「彼が台湾のためにやってきたことは、彼の神への信仰と<台湾の>人々及び土地への愛情の賜」だからだ、と説明しました。

 しかし、このような趣旨で名誉博士号をもらうだけならまだしも、李登輝がこの授与式で行った発言は問題がある、と言わざるをえません。

 彼は、「<キリスト教>信仰が、国家指導者としての私の価値観や政策を突き動かしてきた」と述べ、更に、仏教等に見られ、漢人の大部分が信じているところの、輪廻(reincarnation)の観念について、「ウソであり、二度目の人生はない。人生は一回きりであり、その間に人は何かを成し遂げるためにあらゆる努力を払わねばならない」と述べたのです。

(以上、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/03/13/2003246045(3月14日アクセス)による。)

仏教だけとっても、輪廻の観念は仏教の本質的部分に属するとする説(http://www.geocities.co.jp/Technopolis/3138/kimura_muga_rinne.html)のほか、輪廻の観念は本来仏教にはないとする説(http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/98_10_21.html)、輪廻の観念は仏教の本質的部分には属さないとする説(http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/02_01_22.html)(いずれも3月14日アクセス)等があり、輪廻は仏教教義上のアポリア(難問)の一つなのですが、いずれにせよ、ある宗教(宗派)を信じる政治家、特に有力政治家が、他の宗教(宗派)の教義の一部を批判するようなことは、厳に慎むべきだと思うのです。

 その李登輝が、今月の18日にもまた、事実上のキリスト教の布教演説を行いました。

 彼は、「われわれは知識さえあればどう物事をやったらよいかは分かる。しかし、その上更に智恵があれば、その物事を適切に行うことができる」とした上で、智恵を身につけるためには神を信じることだとし、総統としての経験に照らすと、このような指導者にとって最も重要なことは深い宗教心だ、と述べたのです。

(以上、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/12/19/20032850391220日アクセス)による。)

(続く)