太田述正コラム#10462006.1.15

<「アーロン収容所」再読(その11)>

 (5)どうしてイギリス人には頭が上がらないのか

 「アーロン収容所」からも分かるように、インド人やビルマ人は以前から、そして日本人も、もちろん会田自身も、最終的にイギリス人には頭が上がらなくなったわけです。

 それどころか、同じアングロサクソンである米国人ですら、イギリス人には一目も二目も置いていることをご紹介してきました。

 また、英国防大学の研修でインド亜大陸を訪問したとき、研修団、就中その英国人同僚達を接遇する、旧英領植民地人たるインド人やパキスタン人の「恭順な」態度に私はびっくりした(コラム#264)ものです。

 その後、英国による植民地統治が、インド亜大陸統治も含めて、日本による植民地統治より、はるかに過酷なものであったこと(注20)を知るにつけて、私の疑問は深まっていきました。

 (注20)既出(コラム#397)のMike Davis, Late Victorian Holocausts によれば、1876年から78年にかけてインド亜大陸を襲った大干魃に伴う飢饉で、1200万人から2900万人の死亡者が出たが、これは英国政府の政策のせいだった。一番飢饉がひどかった1877年と1878年には、インド亜大陸からの小麦の輸出は新記録を達成した。農民達が飢え始めたとき、英印植民地当局は、公定穀物価格に悪影響を及ぼすとして、あらゆる義捐活動を禁じた。しかも、当局は税収の落ち込みを取り戻すべく、強圧的な徴税キャンペーンを行った。こうしてかき集められた税金は、アフガニスタン戦争に投じられた。当局が唯一行った救恤活動は、まだ足腰の立つ農民達を収容所に入れて労働に従事させたことだ。しかし、碌に食糧を与えなかったため、1877年には収容者の94%が死亡したと推計されている。

     Caroline Elkins,

Britain

‘s Gulag, David Anderson, Histories of the Hanged らが明らかにした、英領ケニア植民地における戦後のキクユ族の大虐殺については、コラム#609610参照。

(以上、http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1673991,00.html20051227日アクセス)による。)

 確かに、英国による植民地統治は、欧米諸国による植民地統治の中で、最もマシなものであったことは確かですが、それよりも更にマシであった日本による植民地統治を受けた韓国の対日憎悪に相当する感情が、旧宗主国たる英国に対し、インド人やパキスタン人の間で全くと言ってよいほど見られないのはなぜか、という疑問です(注21)。

 (注21)コラム#264で、種々疑問の解明に努めつつも失敗したことを記したが、覚えておられるだろうか。

 ここで、一つの大胆な仮説を提示してみることにしました。

 「人間には、階層をなしている倫理感覚が備わっているが、どの階層の倫理感覚を現実に選択するかは文明によって決まっている。より「高い」(=普遍性のある)階層に属する倫理感覚を選択した文明を体現した人間に対しては、「低い」階層に属する倫理感覚を選択した文明を体現した人間は、意識するとせざるとにかかわらず、頭が上がらない(敬意を抱く)」という仮説です。

 こう言うと、米国の文化人類学者のルース・ベネディクト(Ruth Benedict1887?1948年)が、一度も日本を訪問することなく執筆した「菊と刀」(The Chrysanthemum and the Sword1946年)を思い出す方もおられるかもしれません。

 彼女は、「欧米」のキリスト教を背景とした罪の文化(倫理感覚)と日本の恥の文化(倫理感覚)を対置させ、前者が後者より「高等で普遍性がある」と指摘した、と記憶しています。

 私自身は、この指摘には強い反発を覚えたものですが、「欧米」を一括りにしている点とか、キリスト教的バイアスを取り去ってみると、このベネディクトの指摘には、一抹の真理が含まれているのではないか、と現在は考えています。