太田述正コラム#10552006.1.22

<オフ会の報告(その1)>

1 始めに

 21日のオフ会には、昼過ぎに急に仕事が入って来られなくなった1名を除き、5名が予定通り出席し、一次会(1400過ぎ?1830頃)、二次会(野方駅前の居酒屋で実施。1900頃?2100過ぎ)とも大変話がはずみました。二次会まで残ったのは3名でした。(栃木県から遠路出席された方も1名おられ、その夜どうしても帰宅しなければならない方、の2名と私を含む残りの4名は、野方駅で別れました。)

2 最初に私がした話

 最初に私から、次のような話をしました。

私のコラムの読者・アクセス数が伸び悩んでいるのは、軍事の重要性とか日本が米国の保護国であるとか、自民党が構造的に腐敗しているとか、気にはなるけど不愉快な話題をよく取り上げているからではないか。

他方、私のアングロサクソン論や縄文/弥生モード論は私のコラムのセールスポイントになっているように思う。また、私が突っ込んだ国際情勢分析を、しばしば日本のメディアが報じるよりも早く提供していることで、密かに私のコラムを愛読している国際情勢分析のプロが結構いるのではないか。

また、私が英米の新刊書の複数の書評を読んで、その内容の概要をいち早く紹介していることを歓迎している読者もかなりいるのではないかと思っている。これは一種新しいジャンルを切り開いたのではないかという気がしている。日本の書評は中身がほとんどないが、英米の書評を読むと、複数の書評をつきあわせれば、中身の重要なポイントはほとんど分かってしまう。

3 話題になったこと

 

 (1)始めに

 話題になったことは、沢山ありますが、その中から、一次会と二次会の別や順序にとらわれず、独断と偏見でいくつかをピックアップして紹介させていただきます。

 (2)コラム#1052をめぐって

 出席者の一人(A氏)と、前夜このコラムについて、議論をメールで行ったばかりだったので、この出席者に彼の意見を披露してもらいました。

 A氏いわく、スタンフォード大学と同様の監督者のいない試験や持ち帰り式の試験は、自分の出た日本の大学でも理学部では時々あった。だから、太田さんがスタンフォードの試験のやり方に驚いたことに自分は驚いた。また、答案の作成を依頼するなどということは、論外であり、太田さんがやってやるべきだったか、と言っているのはおかしい。

 (これに対し、私はオフ会では発言しなかったが、昨日のA氏宛ての返信メールでは、大要次のような趣旨のことを書いた。「同じような大学が日本にもあったとは驚きです。私自身は、小中高大学時代に、試験監督者のいない試験を受けたことは一度もありませんでした。さて、どうして私が答案を作成(するところまではいかないとしても、積極的に答案作成を手伝ってやるくらいのことは)してやるべきだったかと思うに至った理由をもう少しご説明しましょう。コラムでも、そもそもあの出題をした教授は、答案作成について相談することができる人物を確保できるかどうかもその学生の実力のうちと考えていたのではないかと示唆しました。考えてもみてください。社会人になれば、毎日試験をやられているようなものであり、しかもそれは、何か課題が生じた時にそれを自分で解決するか他人に解決してもらうかを含め、何でもありの試験です。大学生なのだから、そういう試験をやって意識の切り替えを促した、という可能性だって(うがちすぎかもしれないけれど、)ありうるのです。」)

 出席者のB氏は、スタンフォード大学のような試験方式は、自分の大学ではなかった、と指摘しました。やはり、A氏の出身大学(の学部)のような大学は日本ではまれであるようです。

 (2)まるでダメな外務省

 私から、次のように述べました。

私と接点のできた外務官僚は、ことごとく(私自身とのものを含め)ネットワーキングに不熱心な人物ばかりだった。まれに年賀状を交換するようになった人も含め、海外勤務になると、それっきり音信不通になってしまう。外務官僚の身上は、良質のネットワークを貪欲に形成し、情報源を増やすところにあるというのに、これではお話にならない。

ちなみに日経のサイトで、「在北京大使館が日本の政治家に対し、つい最近まで一貫して中共の経済についてネガティブな話ばかりを吹き込んできたが、これは、政治家達が中共経済が好調なら、ODAを打ち切る、と言い出すことを懼れてのことだった。外務官僚達は対中共ODA利権を手放したくなかったのだ。」という趣旨の論説(http://www.nikkei.co.jp/neteye5/suzuoki/index.html。1月18日アクセス)が掲げられていた。

 また、外務省は防衛庁に局長に近いクラスや課長クラスを送り込んでいるが、防衛庁が日本の防衛の枢機に関与するポストには決してつけないこともあり、軍事問題、とりわけ日本の防衛に係る軍事状況について、理解している人が全く育っていない

 これに対し、出席者のC氏は、外務省を辞めた天木直人氏と佐藤勝氏の書いた本を読んだが、天木氏の方については、うすっぺらであり、太田さんが挙げた外務官僚像と重なるけれど、佐藤氏の方は、ネットワークの形成に大変な努力をしてきた人のように思った、という指摘がありました。

 そこで私は、「しかし、佐藤さんも結局外務省の中では浮いた存在になり、政治家との癒着に走った挙げ句、外務省を辞めなければならなくなってしまった。外務省が熱心に外務官僚としての仕事をする人物を生かしきれていないのは明らかだ」と述べました。

(続く)