太田述正コラム#10782006.2.12

<ムハンマドの漫画騒動(その2)>

 (本篇は、コラム#1069の続きです。以降、新典拠による。)

 その後、事態は更にエスカレートし、恐らくシリア政府の画策の下、ダマスカスのデンマーク大使館やベイルートのデンマーク領事館等が焼き討ちされ、イランでは、政府が公式にデンマーク製品の輸入禁止措置をとり、テヘラン市が経営する新聞が、ホロコースト「神話」を風刺する漫画の国際コンペを開くと発表しました。また、抗議行動が全イスラム世界(インドネシア・トルコ等やイスラム教徒が多数居住するインド・タイ等)に広がり、アフガニスタンやソマリア等では死者まで出ています。デンマーク以外の欧州諸国や英国のイスラム教徒達もまた、抗議行動を起こしています。

ここまでエスカレートしたのは、イスラム教の原理主義化・米国主導の対テロ戦争・メディアと通信のグローバル化、という国際環境の下で、デンマークのイスラム教徒の団体が周到かつ執拗な根回しを行って問題を国際化することに成功したからであり、とりわけ決定的だったのはサウディとエジプト政府による「扇動」であったと報じられています(注4)。

(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4678220.stm(2月4日アクセス)、http://www.sankei.co.jp/news/060205/kok005.htmhttp://observer.guardian.co.uk/focus/story/0,,1702538,00.html(どちらも2月5日アクセス)、http://www.guardian.co.uk/cartoonprotests/story/0,,1703925,00.html(2月7日アクセス)、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/02/07/AR2006020701849_pf.html(2月8日アクセス)、http://www.csmonitor.com/2006/0209/p09s01-coop.html(2月9日アクセス)、及びhttp://www.nytimes.com/2006/02/09/international/middleeast/09cartoon.html?pagewanted=print(2月10日アクセス)による。)

 (注4)なお、デンマークのJyllands-Postenがムハンマドの漫画を掲載したのは、子供向きのムハンマドの伝記を書いていた作家が、誰も挿絵を描いてくれない、と同紙の編集者に語ったのが発端だ。このようなイスラムに係る自己検閲がデンマークに見られることは問題だとして、ムハンマドについてのイメージを率直に描いた漫画を募集し、12枚を掲載したもの。

 メディアは、えてして極端な部分のみを報道しがちであり、イスラム世界全体が怒りで沸騰していると受け止めるのは早計であるとはいえ、ゆゆしい事態です。

3 英米の冷ややかな目

 (1)始めに

 一連の報道を追っていて一番印象的なのは、この騒動に対する英米のメディアの冷ややかな目です。ここにもまた、欧州とアングロサクソンとの対立が鮮明に現れています。

 (2)欧州に対して

 欧州では、ノルウェー・フランス・アイルランド・ドイツ・イタリア・スペイン・スイス・ブルガリア・ハンガリー・ポーランド・オーストリアと、ほとんどの国でデンマーク紙掲載の漫画の全部または一部が掲載されたというのに、英国及び米国では、BBCABCが放映しただけで、新聞には全く転載されていません(http://www.nytimes.com/2006/02/04/politics/04mideast.html?ei=5094&en=fb3d64805d164f30&hp=&ex=1139029200&partner=homepage&pagewanted=print(2月4日アクセス)、及びガーディアン上掲)。

 それどころか、ストロー英外相と米国務省は、欧州諸国の新聞がこの漫画を転載したことを批判しました(注5)。そのタテマエ上の理由として挙げられているのは、(自爆テロでバラバラになった死体の写真を載せない等)表現の自由には内在的制約があることであり、かつ「表現の自由」を行使するにあたっては「異質なものの包摂と相互理解」への配慮が不可欠であることです。

よりホンネに近いのは、英米の有識者達が本事件に関連して、ホロコースト否定論禁止に象徴される欧州の表現の自由理解の浅薄さであり、欧州の反ユダヤ主義等の宗教的多元性侵害の歴史や現在の欧州の反イスラム主義であり、マルクスやフロイトに代表される現代欧州の極端な世俗主義(反宗教主義)、に対する懸念を表明していることです。

 以上のような英米の政府や有識者達の姿勢に対しては、欧州の有識者の中から、強い反発の声が挙がっています。

(以上http://observer.guardian.co.uk/leaders/story/0,,1702531,00.htmlhttp://observer.guardian.co.uk/comment/story/0,,1702532,00.htmlhttp://observer.guardian.co.uk/world/story/0,,1702682,00.html(いずれも2月5日アクセス)、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/02/06/AR2006020601258_pf.html(2月7日アクセス)、及びhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/02/09/AR2006020901432_pf.html(2月日アクセス)による。)

(注5)他方、欧州内からは、転載を批判する声は、ポーランド首相等ごく少数を除いてほとんど聞こえてこない。