太田述正コラム#11142006.3.9

<中共経済の脆弱性(補足)(その1)>

1 中共の戸籍制度の現状

「中共は、カースト的な、共産党員・都市住民・農村住民、の三つの階級からなってい」ると申し上げたところです(コラム#1103)が、都市住民と農村住民との間の形式的障壁は崩れつつあります。戸籍(戸口=hukou)制度が崩れつつあるからです。

昨年秋、中共の23省中11の省で、戸口制度(注1)を廃止する計画が発表されました。

(注1)農民の代表であると標榜して中国共産党が支那の権力を握ったのは1949年だったが、その4年後の1953年に中共当局は、農村に生まれた人に対し、その農村から移動しないように求めた。その後の数年で戸口制度が導入され、都市に戸口のある人しか都市には住めないこととされた。戸口制度は、王朝時代に遡る伝統的な制度であり、そのねらいは、中央政府による人民の政治的経済的支配だった。しかし、中共の場合、農産品価格を低く抑えて、そこから産業化の資金を捻出することがもう一つの目的だった。

 過去20年を振り返って見ると、この間、推定1?2億人の農村住民が、差別や逮捕の懼れを物ともせずに都市へ流入しました。彼らは、建設業等で低賃金でこき使われて、会社の寮につめこまれるか、路上で寝起きして生活してきました。これと同時に、逆に都市が農村を浸食して行きました。この間、工場・住宅・別荘等を建設するために6475,000ヘクタールの農地が失われたのです(注2)。

 (注2)農地は公有であって農民は農地を所有していないので、再開発に当たって、名目的な補償と代替地の提供で農民は立ち退かされ、利益を地方政府(党が支配)とデベロッパーが山分けをしてきた。最近では、農民が立ち退きに応じず、各地で紛争が勃発していることは以前にも触れた。

 

この制度を変えるべきだという声が高まったのは、2003年に、大卒の農村出身青年が広東省で殺された事件がきっかけです。農村住民の都市への大量流入という現実をこれ以上無視はできないし、彼らの仕送りが農村に残った人々の生活を支えているという事実も評価すべきだ、というわけです。

 制度変更を一番望んでいるのは、広東省であり、省人口1億1000万人中、農村出身者が三分の一も占めており、なお労働力(中共唯一の輸出品!)不足のために農村から人を集めたいからです。

 しかし、北京や上海といった巨大都市は、戸口制度の廃止をしぶっています。安全面や農村出身者の子弟の教育面での対応ができない、というのが理由です(注3)。

(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4782194.stm、及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4424944.stm(どちらも3月8日アクセス)による。)

(注3)戸口制度の下では、農村出身者は都市の公共住宅には入れないし、公共の学校に子弟を入れることもできない。まさにアパルトヘイト(コラム#1099)そっくりだ。

このように見てくると、結局、中共の戸口制度崩壊への動きは、もっぱら損得勘定の観点からなされているに過ぎないのであって、この分では当分の間、農村出身者の差別という中共のカースト制の実態が是正される見込みはなさそうです。

2 中共の労働力枯渇へ

 このように、中共国内において、農村出身者を低賃金労働力として利用し、この低賃金労働力を売り物にして組み立て工場を外国から誘致して外貨を稼ぐ、という、私の言うところの、労働力を輸出する政策を、中共はひたすら推進してきているわけですが、この虎の子の労働力が、遠からず枯渇する懼れが出てきています。

 ドイツ銀行の調査によれば、中共の潜在労働力人口(15歳?64歳)は、2010年に全人口の72.2%と頂点に達した後、その後40年で60.7%に低下します。これは、1979年から開始された一人っ子政策の結果であるとともに、ご多分に洩れず中共でも生活水準の上昇・都市化に伴い少子化が進行しているからです(注4)。しかも、老齢人口の増加に伴い、その扶養のために貯蓄率が低下し、介護のために女性を中心に労働力率が低下することも見込まれています。

(注4)インドの潜在労働力人口は、2040年には中共を追い抜くと予想されているが、インドもうかうかしてはいられない。中共が未熟練労働力の量で勝負してきたとすれば、インドは、その多くが英語ができる熟練労働力の量で勝負してきた。熟練労働力がハイテクやサービス産業で働き、そこに外国企業がもっぱら投資をしてきたわけだ。

昨年末に出たマッキンゼー等によるレポートは、2010年には深刻な熟練労働力不足に直面する、と予想し、インドは、大卒者の25%しか英語を含めた基礎的学力を身につけておらず、10歳に達するまでに40%が学校に行かなくなる、という教育制度の状況を抜本的に改善する必要があると指摘している。

 つまり、今後中共の労働力と投資資金は稀少化していく、ということです。

 しかも、共産党がその一党支配を維持する限り、農村を中心に住民の不満がどんどん高まり、紛争が質量ともに増加していく懼れもあります。

 そうなれば、自ずから外国企業も中共への直接投資に二の足を踏むようになることでしょう。

 中共の高度経済成長には、この点からも黄信号が点灯しているのです。

(以上、http://www.slate.com/id/2137680/(3月8日アクセス)によるが、私見で補充した。)

(続く)