太田述正コラム#11172006.3.11

<人格は仲間集団で形成される?(その1)>

1 始めに

ジュディス・ハリス(Judith Rich Harris)の新刊、‘No Two Alike: Human Nature and Human Individuality’についての書評(http://www.nytimes.com/2006/03/05/books/review/05saletan.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print。3月6日アクセス)をニューヨークタイムスで読んで、この著者が8年前に上梓した著書"The Nurture Assumption, Free Press, 1998"、更に正確に言えば、その3年前の1995年に彼女が発表した論文が、大変な反響を米国で呼んでいることを遅ればせながら知りました。

 ハリスは、人格の約半分は遺伝子によって決定されるが、人格の後の約半分の大部分は、両親によってではなく仲間集団(peer group)の影響を受けて形成される、という理論を唱えているのです。

2 突然有名人に

 1994年を迎えた当時、ハリスは既に孫がいる初老の女性で、博士号を持っているわけでもなく、大学の教師でもなく、また、体が弱いことから長時間の外出もままならず、もっぱら自宅で、発達心理学の教科書を執筆するという生活を送っていたのですが、その年の1月のある日、突然それまで自分が当然視してきた発達心理学の理論、すなわち、両親による養育(nurture)こそ子供の人格形成にとって決定的に重要であるという理論、が間違っているのではないか、と思い至ったというのです。

 彼女は、さっそく論文を書くことにし、その年の秋に、権威ある学術雑誌であるPsychological Reviewに原稿を送ったところ、肩書きのない人間による投稿であったにもかかわらず、この雑誌はハリス論文の掲載を決定したのです。(翌1995年に"Where Is the Child’s Environment? A Group Socialization Theory of Development"と題して掲載。)

 しかもこの論文を執筆したことで、ハリスは1998年に、彼女が会員でもない米心理学会(American Psychological Associationから、名誉あるジョージ・ミラー賞(George A. Miller Awardを授与されました。

 傑作なことに、ジョージ・ミラーは、1961年に、当時ハーバード大学心理学科で修士号をとってから、引き続きその博士課程に在籍していたハリスを、学者としての可能性がないとして同学科が除籍した(注1)時の学科主任代行であった人です。

 (以上、特に断っていない限り、http://www.gladwell.com/1998/1998_08_17_a_harris.htm及びhttp://gos.sbc.edu/h/harrisj.html(どちらも3月10日アクセス)による。)

 (注1)除籍理由書には、「あなたが実験科学者たりうるかは疑問です。あなたは独創性と独立思考能力に欠けています。あなたは生活の多くの領域においてはこの二つの属性を十分発揮しているのでこんなことは申し上げたくないのは山々なのですが・・。しかし、どういうわけかあなたは、この学科が追求しているところの心理学においてこれらの属性を発揮することができていません。あなたに、博士課程で課される勉強を行ったり、同僚学生達と一緒にやっていったりする能力があることは疑う余地がありません。しかし、実験心理学者としての専門家のステレオタイプへとあなたが自分を作り上げていくことができるかどうかについては、大いなる疑問を抱かざるをえません。」と記されていた。もっとも、この文書の署名人であったミラーは、その後まもなく、ハーバードから自ら去っている。ミラーはハリスの受賞をことのほか喜んだ。ハリスは、この文書をサンフランシスコでの受賞講演の際に読み上げ、「私は、まさに実験心理学者のステレオタイプではない形に自分を作り上げたのであって、この文書は正しかったわけです」と述べた。

 この論文を発展させて本にしたのが、上記のThe Nurture Assumptionです。

 この本の序文で、MITの著名な心理学教授のSteven Pinkerは、この本を要約すれば、「遺伝子と仲間が重要であり、両親は重要ではない」であるとした上で、次のように絶賛しています。

 「この衝撃的な本を最初に読むことができた人々の一人になったことは、私の心理学者としての歩みにおいて最も高揚した瞬間の一つだった。このように、学問的であり、革命的であり、洞察的であり、かつこの上もなく明晰でユーモアがある本に出会うことはめったにないことだ。・・私はこの本が、心理学の歴史の転回点となったと後世評価されることを確信している。」

 (以上、http://www.pbs.org/newshour/bb/health/july-dec98/naturenurture_10-20.html(3月10日アクセス)

(続く)