太田述正コラム#11452006.3.26

<ペシミズム溢れる米国(その2)>

 フィリップスは、ローマ・スペイン・オランダ・英国という4つの帝国が絶頂期に達し衰亡を始めた時の共通の6つの兆候を指摘します。

 それは、(一)社会的分化と貧富の差の拡大を伴ったところの文化的・経済的空洞化(decay)への大衆の間での広汎な憂慮、(二)政治と宗教との密接な関係と布教熱の上昇の形で現れたところの宗教的熱情の増大、(三)理性に背馳する形での信仰への傾倒の高まりとそれに関連した科学の貶め、(四)1000年先を遠望する発想の流行、(五)もはや経済的または政治的に負担不可能な抽象的な国際的使命を追求するという、奢りに根ざした国家戦略と軍事的背伸び(overreach)、(六)それだけでも障害をもたらすところの債務の累積、の6つであり、すでに米国にはこれらの兆候がはっきり現れている、というのです。

 ()と関連してフィリップスが米国の現政権を糾弾するのは、その石油帝国主義です。これを象徴するものとして彼が挙げるのが、対イラク戦でバグダッドが陥落した直後、米軍は国立博物館に部隊を派遣せずに、館内が掠奪され貴重な考古学上の宝物が掠奪されるのにまかす一方で、石油省には部隊を真っ先に派遣して石油関連資料の散逸を防止したことです。

 ()?()は宗教原理主義がらみの兆候であり、フィリップスは、戦闘的カトリシズムがローマ帝国とハプスブルグ・スペイン帝国を弱体化し、原理主義的カルヴィニズムが18世紀の共和制オランダの改革を妨げ、帝国主義と福音・伝道主義(evangelicalism)が1914年以前の大英帝国に流血と衰亡をもたらしたことからすれば、頑迷な洗礼派(Baptist)信徒やモルモン教徒、東方的(Eastern Rite)カトリック教徒、そして敬虔派(Hasidic)ユダヤ教徒といった宗教諸派からなる反啓蒙主義(Disenlightenment・反世俗的自由主義勢力が、現政権からの働きかけとも呼応しつつ、米共和党を汎キリスト教(ecumenical)政党・・米国史上最初の宗教政党・・へと変貌させてしまったことは、米国の衰亡の兆候以外のなにものでもない、と嘆じるのです。

 また、(六)に関連してフィリップスは、これは決して彼の専売特許ではなく、最近では著名な経済学者でニューヨークタイムスのコラムニストでもあるクルーグマン(Paul Krugman)が力説していることでもありますが、本来の国家債務に加えて、社会保障・保険費が見通しうる将来にもたらす国家債務、企業・州・地方政府の債務、貿易赤字に由来する国際債務、そして消費者債務を合計すると、70兆米ドルを超すのではないか、と指摘しています。こんなことになった戦犯は、長期的には、先般FRB議長を辞任したばかりのグリーンスパン(Alan Greenspan)に象徴されるここ何十年にもわたる無為無策がもたらした米国経済のマネーゲーム化(financialization)と、短期的にはブッシュ政権の政策である、としています。

 フィリップスの石油帝国主義論こそ、陰謀説的偏向があると余り評判がよくないのですが、他の二点、とりわけ宗教原理主義指弾については、大評判になっています。

 米国では、このフィリップスの本は、アマゾン・コムで第一位のベストセラーになっていますし、宗教原理主義に則った英国の独裁者が同性愛者を弾圧するという、ブッシュ政権を風刺した映画’V for Vendetta’が、予想に反してヒットしています。

3 ジョンソンの主張

 それまで思想的には冷戦の闘士の一人だったジョンソンの回心をもたらした原因の一つは、1996年に、当時大田沖縄県知事の招待で沖縄を訪問したことだといいます。

(以下、特に断っていない限り、http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/HC23Aa01.html、及びhttp://www.atimes.com/atimes/Front_Page/HC24Aa01.html(どちらも3月23日アクセス)による。)

ハワイのカウアイ島より小さい島に32もの米軍基地があって住民はその重圧に押しつぶされそうになっている、という米国のメディアが全く報道しない現実を目の当たりにして、彼の当初の反応は、これはまさしく米国の軍事的植民地だが、これは、沖縄を1945年に米軍が占領したという歴史に由来する、不幸な例外に違いない、というものでした。

しかし、やがてジョンソンは、沖縄は例外でも何でもないのであって、軍事的に進出したところを軍事基地化して保持し続ける、というのは、米国が1899年の米西戦争を嚆矢としてこれまで一貫してやってきたことであることに気付いたというのです。

つまり、米帝国は、植民地帝国ではなく、軍事基地帝国なのである、と。

(続く)