太田述正コラム#1200(2006.4.24)
<裁判雑記(関係判例学説)>
1 始めに
 例の裁判(コラム#1177、1180、1182、1184、1185、1188、1190)に関わる判例学説を紹介しておきます。判例学説の収集については、ある読者の協力を得ました。
2 判例学説
 (1)名誉毀損?
 ア 私のコラム#195が公共の利害に関する事実に係り専ら交易を図る目的で執筆されたこと
「他人の言動、創作等について意見ないし論評を表明する行為がその者の客観的な社会的評価を低下させることがあっても、その行為が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出たものであり、かつ、意見ないし論評の前提となっている事実の主要な点につき真実であることの証明があるときは、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱するものでない限り、名誉毀損としての違法性を欠くものであることは、当審の判例とするところである(最高裁1985年(オ)第1274号1989年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁、最高裁1994年(オ)第978号同1997年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。」(最高裁1994年(オ)第1082号同1998年7月17日第二小法廷判決。http://patent.site.ne.jp/jd/lib/sp/980717.htm(2006年4月24日アクセス)より孫引き)
(参考)現実の悪意の法理
 「現実の悪意の法理とは、1964・・年に米国連邦最高裁が「ニューヨークタイムズ対サリバン」事件において使用した名誉毀損の免責法理であり、公務員に対する名誉毀損表現については、その表現が「現実の悪意」・・故意ないしそれに準ずる概念・・をもって、つまり、それが虚偽であることを知っていながらなされたものか、または虚偽か否かを気にもかけずに虫してなされたものか、それを原告(公務員)が立証しなければならない、とするもの・・」(佃262??263頁
 現実の法理を採用した日本の裁判例としては、いわゆる「サンケイ新聞意見広告事件」に関する東京地判1977年7月13日(判タ661号115頁、判時857号30頁)と、いわゆる「北方ジャーナル事件」に関する最大判1986年6月11日(判タ605号42頁、判時1194号3頁)における渓口正考判事の意見があるが、確定した判例はまだない。(佃264??265頁)
 イ コラム#195における他人の著作物の引用紹介が全体として正確性を欠くものでないこと
「・・意見ないし論評が他人の著作物に関するものである場合には、右著作物の内容自体が意見ないし論評の前提となっている事実に当たるから、当該意見ないし論評における他人の著作物の引用紹介が全体として正確性を欠くものでなければ、前提となっている事実が真実でないとの理由で当該意見ないし論評が違法となることはないものと解すべきである。」(前掲・最高裁1994年(オ)第1082号同1998年7月17日第二小法廷判決の続き)
ウ 元副署長がこれまで私のホームページの掲示板等に反論を掲載しようとしなかったこと
「フォーラム、パティオへの参加を許された会員であれば、自由に発言することが可能であるから、被害者が、加害者に対し、必要かつ十分な反論をすることが容易な媒体であると認められる。<いわんや、公開サイトにおいておや。(太田)>したがって、被害者の反論が十分な効果を挙げているとみられるような場合には、社会的評価が低下する危険性が認められず、名誉ないし名誉環状毀損は成立しないと解するのが相当である。<ところが元副署長は、あえて反論を試みなかった。(太田)>」(東京地判2001年8月27日。判例タイムス1086号181頁、判例時報1778号90頁。佃克彦「名誉毀損の法律実務」弘文堂2005年2月、83頁から孫引き)
エ 私が元副署長の名前を記述しなかったこと
 「仮に他の報道と併せて考察すれば報道対象が明らかとなる場合<、例えば、副署長の実名が、コラム#195が典拠とした本を読んだり、インターネット上で検索をかけたりすれば、明らかとなる場合(太田)>であっても、そのことから、直ちに当該報道が報道対象を特定して報じたものと認めるのは相当でない・・裁判所がそのような事後的な総合認定により、匿名で書かれた記事の匿名性を否定するとすれば、報道の任に当たる者の匿名記事を作成しようとする意欲を著しく減殺することとなり、結果として、不当な実名記事の作成を助長しかねない。」(東京地判1994年4月12日。判タ842号271頁。佃103??104頁から孫引き)
 (2)訴権の濫用?
ア 元副署長がコラム削除要求や謝罪要求を行わず損害賠償請求のみを行っていること
イ 元副署長が、匿名ではなく実名で彼の「警察官としての職務能力、中立性、忠実性などを疑わせる」記述を行っているサイト(複数)を対象とする裁判を提起していないと思われること
 (かかるサイトにリンクを貼ることは、事柄の性格上、差し控えた)
(参考)訴権の濫用
 「民事訴訟制度は・・社会に惹起する法律的紛争の解決を果たすことを趣旨・目的とするものであるところ、かかる紛争解決の機能に背馳し、当該訴えが、もっぱら相手方当事者を被告の立場に置き、審理に対応することを余儀なくさせることにより、訴訟上又は訴訟外において相手方当事者を困惑させることを目的とし、・・相手方当事者に対して有形・無形の不利益・負担若しくは打撃を与えることを目的として提起されたものであり、右訴訟を維持することが前記民事訴訟制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠き、信義に反すると認められる場合には、当該訴えの提起は、訴権を濫用する不適法なものとして、却下を免れないと解するのが相当である。」(東京高裁平成12年11月13日(ネ)第3364号 損害賠償請求控訴事件判決。山崎正友「続々「月刊ペン」事件――信平裁判の攻防」第三書館2002年9月346??347、356頁より孫引き)