太田述正コラム#11512(2020.9.3)
<高橋昌明『武士の日本史 序・第二章以下』を読む(その53)>(2020.11.25公開)

 「日本側が淡泊だったのは、その軍艦が攻撃力偏重で防禦を犠牲にしている<(注141)>ため、存外被害に弱く、欲ばりすぎて虎の子の艦船を喪失するのを恐れたから、といわれている。

 (注141)「ワシソトン軍縮条約さらにロンドン軍縮条約によって量的制限をうけたので,日本海 軍は,1隻ごとの威力を高める「個艦 」の性能,とくに攻撃力を重視する方向に走り,無理な設計 を生む原因になった .これが ,「カタログ値」が良い軍艦が強いという観念の温床になり,個艦の性能を僅かに向上させるために、戦時中も絶えず計画が変更され、生産能率が阻害された。」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ran/37/0/37_KJ00001929834/_pdf
 「「大和」は垂直装甲で410mm、水平装甲で230mmと、約1.3倍の厚みになっています。・・・<米国>のノースカロライナ級戦艦やサウスダコタ級戦艦は、垂直装甲で324mmと329mm、水平装甲で140mmと146mm<でした。>」
https://trafficnews.jp/post/92220
 「零式艦上戦闘機・・・設計者の堀越は、開発時に防弾を施さなかったことは優先順位の問題であり、戦闘機の特性上仕方がないと語っている。当時は大馬力エンジンがなく、急旋回等で敵弾を回避することもできる戦闘機では、防弾装備は他性能より優先度が低く、海軍からも特に注文はなかったという。防弾装備が必要とされたのは搭乗員練度の低下によるもので、分不相応なものだったと回想している。技術廠技術将校岸田純之助は「パイロットを守るために速力や上昇力、空戦性能を上げて攻撃を最大の防御にした。防弾タンクやガラスを装備すれば敵に攻撃を受けやすくなる、日本の工業力から見ても零戦の設計が攻撃優先になったのは仕方ない選択。日本は国力で<米国>に劣っていたため、対等に戦うにはどこか犠牲にしなければならない、防御装備には資金がいるので限られた資源でどう配分するか常に考える必要があった」と語っている」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F

⇒「注141」の最初の引用から、帝国海軍の艦艇に関し、居住性の悪さや、抗荒天性の阻害、等がもたらされたであろうことは想像できるけれど、その次の引用から分かるように、帝国海軍が「攻撃力偏重で防禦を犠牲にしてい<た>」とは言えそうもありません。
 高橋は、世上よく言われるところの、零戦の防禦力の低さが念頭にあったのかもしれませんが、最後の引用から分かるように、零戦についても、必ずしもこの評価は正しくないのですからね。(太田)

 アメリカの軍艦建造能力は質・量、とくに量において日本をはるかに上回り、しかも艦の防禦・安全性を重視した。
 だから被害・損耗をあまり気にせず思い切ってやれる。
 つまり、攻撃精神の強弱も生産力・技術力やダメージ・コントロールの水準という独立変数によって左右される従属変数だった、ということである。

⇒「生産力・技術力」までは間違ってはいません。(太田)

 結果がすべてであるから、海軍の提督・司令官クラスは概して戦意に乏しかった、といわざるをえない。・・・

⇒いくらなんでもそんな論理はないでしょ、高橋さん、と、言いたくなります。(太田)

 勇者もそうでない者もいて、はじめて人間の社会である。
 実質でみた時「武国」であった期間は短く、平安時代も江戸時代も長い平和な時代だった。

⇒太田コラム的には、平安時代は日本を「武国」にすべく励んだ時代ですし、江戸時代は「武国」を何とか維持すべく努力して何とか成功を収めた時代であり、こういった励みや努力があったこともあって、どちらも「長い平和な時代」たりえたということなのに、何ということを・・。(太田)

 我々は日本が武の国とか日本人は勇敢な民族だとかいう確かめようのないプロパガンダに乗ぜられるのではなく、むしろ「軍事面での勇敢さ」を不要とする、平和と安全保障の国際関係、国際環境を構築する方向で、それこそ勇敢に、粘り強く努力すべきである。

⇒宗主国米国におんぶにだっこではなく日本を「独立」くらいさせてから、そういう御大層な言を吐きましょうね、で終わりです。(太田)

 いわずもがなのことだろうが、日本の武士の歴史を学ぶのには、そういう今日的な意味もある。

⇒「学びて思わざれば則ち罔し」(論語)
https://manapedia.jp/text/1899
の典型例が高橋です。(太田)

 人文科学は役に立たないという昨今の風圧もあるので、あえてそういい切っておく。」(266、268)

⇒申し訳ないが、高橋らの人文科学は、確かに殆ど何の役にも立ちませんねえ。(太田)

(完)