太田述正コラム#12032006.4.26

<古の枢軸の時代を振り返って(その1)>

1 始めに

英国ロンドン在住の元カトリック尼僧で61歳のアームストロング(Karen Armstrong)が上梓したThe Great Transformation: The Beginning of Our Religious Traditions, Knopf’が話題になっています。

紀元前900年頃から紀元前200年頃にかけて、ユーラシア大陸の各所で、一斉に精神的・哲学的覚醒が行われたことに今から60年前に最初に注目し、これを枢軸の時代(axial era)と名付けたのはドイツの精神医学者にして哲学者であったヤスパース(Karl Jaspers1883??1969年)でしたが、アームストロングは、この時代に新しい光を照射したのです。

以下、彼女の指摘の概要をご紹介します。

(以下、特に断っていない限りhttp://www.csmonitor.com/2006/0404/p14s02-bogn.html(4月4日アクセス)、http://www.nytimes.com/2006/04/21/books/21book.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print(4月21日アクセス)、及び、http://www.powells.com/cgi-bin/biblio?show=HARDCOVER:SALE:0375413170:21.00http://search.barnesandnoble.com/booksearch/isbnInquiry.asp?z=y&isbn=0375413170&itm=1http://www.bookpage.com/0604bp/nonfiction/great_transformation.htmlhttp://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2006/04/09/RVG31I15NS1.DTL&type=bookshttp://seattletimes.nwsource.com/html/faithvalues/2002918348_armstrong08m.htmlhttp://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?file=/gate/archive/2006/04/10/findrelig.DTLいずれも4月25日アクセス)による。)

2 アームストロングの指摘

 枢軸の時代には、それまで人々は種族等の集団に埋没して他律的に考え、行動していたところ、自分自身を自律的な存在と考えるようになり、インドでは仏教とヒンズー教、支那では儒教と道教、現在のイスラエルの地では唯一神教(monotheism、そしてギリシャでは哲学的合理主義が生まれた。

 驚くべきは、それぞれの考え方の基本的類似性だ。

 

 第一が、「他人に敬意を抱くことが重要である」という黄金律であり、最初にこれを言ったのは孔子だ。

 第二が、それまでの人々は、もっぱら自分の外の世界に関心を向けており、外の世界に遍在する神々に向けて儀式や魔術に勤しんでいた。しかし、恐怖・絶望・憎しみ・災害・暴力の蔓延、そして宗教的不寛容の増大や社会の大変動に直面し、次第に人々は自らの内面に関心を向けるようになったことだ。

第三が、苦しみは不可避だが、これを超越するにはどうしたらよいかを考えるようになったことだ。

第四が、ものごとをありのままに見る、というリアリズムに到達したことだ。

第五が、知識をエリートが独占するのではなく、遍く大衆に行き渡らせるべきだという認識が抱かれるに至ったことだ。

 第六が、人知の限界を自覚するに至ったことだ。

 こうして枢軸の時代の偉人達が見出した共通の答えは、教義の重視ではなかった。つまり、何を信じるかではなく、何を行うかが重要だ、ということであり、絶対確実なものを求めるべきではなく、慈悲深い生活を送ることこそ、彼らが希求するところの言葉では形容しがたい(ineffable)超越的現実(transcendent reality)・・神・涅槃・ブラーマン・道、等・・の何たるかを体得する可能性を啓くということだった。

 具体的には、次の三点だ。

 第一に、自己批判と自己変革に努めることだ。すなわち、「敵」を攻撃する代わりに自分自身の行動を反省し、自分自身を作り替えよということだ。(イスラエルを例にとれば、ユダヤ人は故郷から追放されたが、預言者のエレミア(Jeremiah)とエゼキエル(Ezekiel)は、ユダヤ人は自分の行為をこそ自省しなければならないと主張した。このことが、あの洞察力に充ちた創世記なる文書の生誕を導き出した。)

 第二に、暴力の回避こそ現実的で効果があることだ。(イスラエルを例にとれば、エホバは、怒れる戦争の神から、次第に暴力抜きで世界をつくり出した創造的な力へと変身した。)

 第三に、前述の黄金律であり、他人への同情や共感こそ現実的で効果があることだ。(イスラエルを例にとれば、預言者のアモス(Amos)は、隣人達への正義と慈悲こそ神とともに歩む唯一の正しい道であると説いた。)

(続く)