太田述正コラム#12382006.5.16

<少子化問題をめぐって>

1 少子化克服のための珍説

 新アメリカ財団(New America Foundation)のシニア・フェローのシュワルツ(Bernard L. Schwartz)は、フォーリン・アフェアーズと並んで米国で権威のある外交雑誌のフォーリン・ポリシーの20063/4月号に、とめどもなく進行する少子化を克服するために、人類は家父長制に回帰すべきだ、と主張する論考(http://www.foreignpolicy.com/story/cms.php?story_id=3376&print=1。3月2日アクセス)

を載せました。

 この論考のポイントは次のとおりです。

 中共・日本・シンガポール・韓国・カナダ・カリブ海諸国・欧州全域・ロシア・中東の一部、で既に出生率が、人口を維持できる2.1を割り込んでいる。

 しかし、古来、人口が減少して滅びた国や文明は少なくないが、人類全体としては、絶滅を免れて現在に至っている。

 それはなぜか?

 家父長制(patriarchy)の国や文明に取って代わられたからだ。

 家父長制とは単なる男性支配を意味しない。男性は結婚しなければならないし、その結婚相手はしかるべき身分の女性でなければならないという価値観を持った社会システムだ。この価値観が富者の出生率を維持し、子供への最大限の投資を可能ならしめる。

 このような家父長制の国や文明は人口が増え、強大となり、人口の減少した国や文明を滅ぼし、或いは吸収してきたのだ。

 現在のイラクを見よ。

 どんなに兵器が発達しても、最終的には、歩兵の数がモノを言う。

 米国は人口を維持する程度の出生率は確保しているが、それでも世界覇権を維持するためには人口が十分であるとは言えない。英国は20世紀初期に出生率が大幅に低下したことが、覇権の喪失につながった。一人っ子が当たり前になってしまった中共・ドイツ・イタリア・日本・スペインの将来には暗雲がたれ込めているのだ。

 少子化が、その国の財政・経済上の困難を引き起こすことも忘れてはなるまい。

 しかし、米国は滅亡の心配はなさそうだ。

 少子化をもたらす価値観を持った人々が、理の当然として次第に減って行く一方で、家父長制の価値観を持った人々が次第に増えてきているからだ。宗教原理主義者の増大がそうだ。

 この家父長制的宗教原理主義者が大統領選挙でブッシュに投票しているわけだが、2004年の大統領選挙でブッシュに投票した人が多い州はケリーに投票した人が多い州に比べて、平均出生率が12%も高かった。

 欧州で、世俗的自由主義への反感が高まっていること、あるいは世界市民的発想に対する拒否反応が出てきていることは、家父長制への回帰の兆候とも受け取れるがそうではあるまい。欧州では未婚女性の出産が依然増えつつあるが、家父長制は未婚の母(single mother)や庶子(bastard)を最も嫌うからだ。結局のところ、欧州は少子化の進行を食い止めつつあるとは言えそうもない。

 結論を急ごう。

狩猟採集経済の頃は人口を増やすメリットはなかったけれど、11,000年前の農業革命以降は人口増と力の増大は同値となり、現在に至っている。

この人口増と力の増大をもたらすものこそ家父長制であり、正統な子供は父親家系の一員であって、父親家系の誉れにも恥にもなりうるとの観念に基づき、父親主導の下で父親と母親が力を合わせて子供に最大限の投資をしなければならない、更に何が何でも男子の子供を持たなければならない、というのが家父長制だ。

この家父長制の下では、女性には、尼になるか売春婦になるか、結婚して子供を産み育てるか、という三つの選択肢しか与えられない。

同時に、家父長制の下では、男性にも家父長としての重責が課される。

2 私の反論

 このような家父長制礼讃論は愚論です。

家父長制は農業時代の遺物であり、工業時代、特に情報化時代に入って、膂力が意味を持たなくなり、膂力の強弱に基づく男女の役割分担が維持できない世の中になった以上、家父長制への回帰などあり得ないのであり、回帰しているように見える米国のような社会は、病理的社会である、と私は思うのです。

 しかも、家父長制への回帰なくして少子化の克服は不可能だ、というわけでもありません。

 英国で26歳から54歳までの1,500人の女性を対象に行われた研究によれば、仕事をしていて亭主がいる子持ちの(employment with partnership and motherhood)女性、つまり三役をこなす女性は、おおむね専業主婦であった女性やシングルマザーや子供のいない女性よりも健康であることが明らかになりました。

 例えば、三役をこなす女性で肥満の人は23%であるのに対し、おおむね専業主婦であった女性で肥満の人は38%もいました。これは、専業主婦は運動不足で、好きなものばかり料理して食べ、子供の食べ残しを平らげたりして食べすぎであるためだと考えられています。

 どうやら女性にとっては、仕事をすることでたまるストレスよりも、仕事をすることで健康上得られるメリットの方が大きいようです。これは、様々な役割を演ずることに腐心しなければならないため、いきおい健康に配意せざるを得ないし、体も動かさざるを得ないからでしょう。

(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/4765411.stm(5月16日アクセス)による。)

 このように、家父長制の下での女性の三つの選択肢であったところの、尼(独身)・売春婦(独身で仕事をしているが子供はいない)・専業主婦(亭主がいて仕事なしで子供あり)のいずれよりも、結婚して子供もいて、その上仕事をこなす女性の方が健康な、従って幸福な生涯を送ることができるのですから、三役をこなす欲張りな女性は、今後増えることはあっても減ることはないでしょう。

 つまり、先進国を中心に、働く女性の増大に伴って結婚せず、従って子供のいない女性が増えているのは恐らく一時的現象に過ぎないのであって、これら女性の間に、子供を生み育てる方がトクだ、という観念が浸透するに従って、少子化は克服されていくに違いない、と私は信じているのです。