太田述正コラム#11788(2021.1.19)
<亀田俊和『観応の擾乱』を読む(その36)>(2021.4.13公開)

 「・・・1352<年>2月25日、甥にして養子である基氏が13歳で元服した。
 それを見届けるかのようにして、翌26日に直義は死去した。・・・
 よく指摘されるように直義が死んだ日は、高師直以下が摂津国武庫川辺で<一年前に>惨殺された日と同じである。
 また、実子如意王の一周忌の翌日でもある。
 わずか一年しか経っていないことに驚かされる。・・・
 直義は尊氏に毒殺されたとする説が、古くから有力である。
 しかし、筆者はこの見解には懐疑的である。
 古今東西、政争に失脚した政治家が失意のうちに早世することは頻繁にある。

⇒失意に限らずストレスが、政治家に限らず誰にとっても、その死をもたらすことは時にありえます。
https://toyokeizai.net/articles/-/305745
 しかし、何度か申し上げたように、兄としての尊氏にとってはともかくとして、最高権力者としての尊氏にとっては、弟の直義を殺害する十分過ぎる動機があり、しかも、直義の死が出来過ぎたような期日に出来した、というのですから、それだけで、これは殺人であった可能性が大である、と言っていいでしょう。(太田)

 46歳という享年も、当時としてはよくある年齢である。
 甥の義詮も38歳で死去している。
 史料的には、毒殺を記すのは『太平記』くらいしか存在しない。・・・
 日本に本格的な毒殺文化が入ってきたのは織豊期以降であるとする見解もある。<(注64)>

 (注64)「漢方においてトリカブトの塊根から取り出した毒素は附子(ぶす・ぶし)と呼ばれ、強心薬として、また毒薬として使用される。北海道のアイヌ民族は、このトリカブト、あるいは附子を「スルク」と呼び、狩猟に用いてきた。矢の先に塗布するほか、獣道に仕掛けた仕掛け弓「アマッポ」でヒグマやエゾシカを捕らえる。矢の刺さった箇所の周囲の肉を握りこぶしほどの量ほどえぐり取って捨てれば、ほかは食べても問題が無かった。トリカブトの他には、日本近海で多く漁獲されるアカエイの毒針を切り取りそのまま槍先に用いたり、割って毒素を取り出すことも行われた。東北地方では、いわゆるヤマト政権による古代の東北征討において、これに抵抗した蝦夷の人々が毒矢を用いた。関連して、東北のマタギの間では、明治時代に鉄砲が普及するまで毒矢が狩猟に用いられていた。
 大和民族においては、『養老律』において附子を用いた暗殺への罰則規定が見られ、猛毒あるいは薬と理解されていたものの、武器として積極的に使用されることはなかった。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%92%E7%9F%A2

⇒「毒殺文化」の定義にもよりますが、日本で、少なくとも蝦夷(≒アイヌ)が戦闘に毒矢を使う「文化」が昔から存在し、それを倭人の側も承知していたことは確かであり、倭人が毒矢を武器として積極的に使用しなかったとしても、日本の東国を中心とする(武士を含む)人々にとって、トリカブト等の毒の存在は身近なものであったと思われるので、亀田の、毒殺に係る認識や直義の死に係る主張には、全くもって首肯できません。(太田)
 
 管見の限りでは、筆者意外に毒殺説を否定する論者に峰岸純夫<(注65)>(みなぎしすみお)氏がいる。

 (注65)1932年~。慶大院修士(文学)。「慶應義塾志木高等学校教諭・・・宇都宮大学教育学部専任講師、・・・同助教授を経て、・・・東京都立大学人文学部助教授・・・同大学教授・・・東京都立大学附属高等学校校長、・・・東京都立大学評議員・・・同大学図書館長を経て、・・・東京都立大学名誉教授・・・。その後、中央大学文学部教授を歴任した。・・・1990年に『中世の東国-地域と権力-』で文学博士(慶應義塾大学)を取得した。「九条科学者の会」呼びかけ人を務めている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B0%E5%B2%B8%E7%B4%94%E5%A4%AB

 峰岸氏は、黄疸が出たとする『太平記』の記述に基づいて、直義の死因を急性の肝臓ガンであったと推定する(『足利尊氏と直義』)。・・・」(173~175)

⇒「薬または薬用ハーブに対する中毒反応」として、黄疸が起きる場合があります。
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/04-%E8%82%9D%E8%87%93%E3%81%A8%E8%83%86%E5%9A%A2%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E8%82%9D%E7%96%BE%E6%82%A3%E3%81%AE%E7%97%87%E7%8A%B6%E3%81%A8%E5%BE%B4%E5%80%99/%E6%88%90%E4%BA%BA%E3%81%AE%E9%BB%84%E7%96%B8
 具体的には、「アスペルギルス属のカビにより産生され、このカビで汚染された穀類、ピーナッツ等を喫食することにより中毒を起こす<ところの、>・・・アフラトキシン」は黄疸等を惹き起こします。
https://www.pref.kyoto.jp/shoku-anshin/1335940967816.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%B3 (←米から検出された事例がいくつか出てくる。)
 また、「コイ科魚類(コイ、ソウギョ、アオウオ、ハクレン、コクレンなど)」の胆のうや筋肉も、黄疸を含む諸症状を引き起こす自然毒です。
https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_det_05.html
 どうして、黄疸なら急性肝臓ガンなのか、峰岸の主張はナンセンスです。 
 繰り返しますが、直義は、直義を刑死させることは忍びなかったところの、尊氏、によって、内々毒殺された、と見るのが最も自然なのです。
 (直義が与えられた食事が、例えば、たまたまアフラトキシン(カビ毒)で汚染されていた米、と、意図的に選ばれたトリカブトの菜、で作った粥、であったならば、『太平記』の信頼性はさておき、本件に係るその記述内容と完全に合致します。)(太田)

(続く)