太田述正コラム#13372006.7.9

<戦後日本史の転換点に立って(その1)>

(「テポドン・防衛庁不祥事・額賀防衛庁長官」シリーズの「その2」以降を有料版にするかどうかは、もう少し検討を続けることにしました。ご意見、ありがとうございました。引き続き、有料講読申込者を募っています。お申し込みはohta@ohtan.netへ!)

1 始めに

 テポドン等発射が行われた7月5日、NHKは、1995年1月の阪神大震災の時以来、初めて朝の連続ドラマの放映を中止し、ニュースの放映を続けました

http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-japan8jul08,1,1150181,print.story?coll=la-headlines-world

。7月9日アクセス)し、重要外交案件は、これまで何でも米国の後ろに隠れるようについて行くだけだった日本が、首相官邸の主導で積極的に国連安保理決議を求め

http://www.asahi.com/politics/update/0708/006.html。7月9日アクセス)、

メディアは深刻な顔をした防衛問題専門家や北朝鮮専門家をかき集めて特番を組む等、大騒ぎをしていますが、いささか理解に苦しみます。

 大騒ぎをするのであれば、むしろ、元米国防長官のペリー氏らがテポドン2事前爆砕を提唱した論考

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/06/21/AR2006062101518_pf.html。6月23日アクセス)

がワシントンポストの6月21日版に掲載された時点であってしかるべきだったのです。

 どういうことなのか、ご説明しましょう。

2 テポドン等発射などマイナーな出来事

 (1)核ミサイルの脅威?

  ア 北朝鮮の核ミサイルの脅威は増していない

 今回のテポドン等発射で新たに分かったことがいくつかあります。

 第一に、テポドン2の発射が失敗に終わった(注1)ことから、アラスカやひょっとしたらカリフォルニア北部まで到達可能かと噂されていたテポドン2がまだ使い物にならないことが分かりました。北朝鮮の大陸間弾道弾(ICBM)技術は8年前のテポドン1発射以来、足踏みを続けているということです。

 http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/07/05/AR2006070501551_pf.html

(7月6日アクセス)、及び

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060707k0000m030201000c.html。(7月7日アクセス))

 (注1)一段目(新型ブースター)は40秒間正常に燃焼を続けた後、燃焼異常があり、テポドン2本体が損壊し、二段目に点火しないまま400km地点で着水した。なお、発射間もなく、このテポドン2の一部が損壊し、発射台の数キロ以内に損壊部分が落下している。

 もっとも、テポドン1も2も日本がターゲットではないので、このことは直接日本の安全保障に関わる話ではありません。

 第二に、スカッドの命中精度(CEP=半数必中界)は900??1000m、ノドンミサイルの精度は5000mという低さだと言われてきたが、今回発射されたスカッドとノドンのうち相当数は北朝鮮が内部的に通知し航行禁止区域外に着弾したことから、命中精度はもっと低い可能性が高いことが分かりました(注2

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/08/20060708000020.html。7月9日アクセス)。

 (注2)ただし、6発とも正常に飛行したことは、不良品が少ないことを意味している。なお、発射に失敗したテポドン2も航行禁止区域外に着弾した。

 これは、日本の安全保障にとっては良いニュースです。

 悪いニュースもあります。

 防衛庁の発表によると、これまで射程1,300kmとされてきたノドンと500kmとされてきたスカッドがそれぞれ3発ずつ発射されたところ、スカッドのうちの1発が500kmを超えて飛んだとことから、北朝鮮がスカッドを(もともと日本向けと考えられている)ノドンに近い射程に伸ばす実験を行い、それに成功した可能性があるとのことです

http://www.asahi.com/politics/update/0708/003.html。7月9日アクセス)

 この限りにおいては、日本に対する脅威は増したことになります。

 しかし、以上から総じて言えることは、日本にとっての北朝鮮のミサイルの脅威は低い上、その脅威は10年近くにわたって必ずしも増してはいない、ということです。

 仮に、北朝鮮が、既に核弾頭をミサイルに搭載することに成功していたとしても、以上論じてきた「ミサイル」を「核ミサイル」に置き換えれば、やはり、北朝鮮の核ミサイルの脅威は低い上、その脅威は10年近くにわたって必ずしも増してはいない、ということになります(注3)。

 (注3)しばしば、核弾頭搭載はできなくても、北朝鮮は化学兵器弾頭や生物兵器弾頭搭載が可能だ、という議論がなされるが、化学兵器や生物兵器は殺傷兵器としての信頼性は極めて低い(典拠省略)。なお、北朝鮮が保有している核爆弾の数は依然数個のオーダーを超えていないと考えられているし、北朝鮮がミサイルへに搭載できるように核弾頭を小型化できたかどうかも依然不明だ

http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-missiles8jul08,1,3703853,print.story?coll=la-headlines-world。7月9日アクセス)。

     そもそも、(広島に投下されたウラン型核爆弾ならその特性上核実験をする必要がないが、)北朝鮮が保有しているとされる(長崎に投下されたところの、核実験が必要だがウラン型とは違って小型化が可能な)プルトニウム型核爆弾が使い物になるのかどうかすら疑問が持たれている。北朝鮮は(同じくプルトニウム型核保有国で核実験を行っていないイスラエルとは違って)核実験をシミュレートするためのスパコン等を持っていないと考えられている(典拠省略)からだ

http://www.slate.com/id/2119059/。7月6日アクセス)

 ちなみに、以前にも申し上げたと思うが、ミサイルに搭載しない形で北朝鮮が日本を核攻撃することは、艦船に搭載するにせよ、航空機に搭載するにせよ、平時のテロの形以外では、自衛隊が高度の、敵性艦船・航空機の領域侵入阻止能力を持っていることから、ほぼ不可能だと言ってよい。

イ いずれにせよ日本は今こと新たにやるべきことは何一つない

脅威がどんなに小さかろうと、日本として絶対に、北朝鮮に核ミサイルを保有させない、あるいは核ミサイル使用させない、ということであれば単純明快にして確実な手段があります。

日本も核武装するぞと恫喝し、それでも北朝鮮が言うことを聞かなければ、核武装すればよいのです。

 日本が核武装するぞとほのめかしただけで、中共はあらゆる手段を講じて北朝鮮に核ミサイル保有を断念させようとすることでしょう。そうして中共が北朝鮮説得に失敗したら、日本は堂々と核武装すればよいのです。米国は日本の核武装を助けこそすれ、反対することはないでしょう。結果的に日本は、対北朝鮮だけでなく、対中共の独自核抑止力をも(当然のことながら)確保できることになります。

 しかし、考えてもみてください。

冷戦下で一貫して(感覚的に言って現在の北朝鮮の数千倍の)ソ連の核ミサイルの脅威に晒され続けていたというのに、日本は米国を信頼してその核抑止力に依存することとし、自ら核武装しなければなどとは思ったことがありませんでした。また、北朝鮮が核保有宣言をするずっと前から、日本は(感覚的に言って現在の北朝鮮の数百倍の)中共の核ミサイルの脅威に晒されていましたが、日本はそれについても全く意に介しませんでした。

 北朝鮮だって、金正日は金家による北朝鮮独裁体制の維持に汲々としていて、およそ自殺的核攻撃などやるはずがない、という意味では、ソ連や中共同様、合理的アクターです。自爆テロ・フェチのアルカーイダ系テロリストなどとは全く違います。

 だとしたら、たかがテポドン等発射くらいで日本が核政策の抜本的転換を図るのはおかしいわけで、引き続き米国の核抑止力を信頼し、米国にまかせておくべきだ、ということになります(注4)。

 (注4)その代わり、いくら何でもそろそろ米国と、核の運用に係る協議をきちんと行っておくべき時期が来ている。

なお、ミサイル防衛で北朝鮮の弾道弾に対処することについてだが、米軍や自衛隊の主要施設をピンポイントで守るということでは一定の意味があることから、今後ともミサイル防衛網の整備を続けるべきだが、全国に散らばって居住する一般国民を守ることは、もともと日本向けと考えられてきたノドンだけでも北朝鮮は200発も持っていることを考えれば、(カネに糸目をつけずにハリネズミのように対ミサイル・ミサイルを多数設置すればともかく、)事実上不可能である、と考えた方がよい(典拠省略)。

(続く)