太田述正コラム#1373(2006.8.12)
<現在進行形の中東紛争の深刻さ(その3)>

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 米国とフランスが一旦合意した安保理決議案原案が、イスラエル軍のレバノンからの撤兵に触れていない点等を不満として、レバノン政府やアラブ連盟がその採択に反対し、これを受けてフランスが変節したことで、同決議案は予定されていた4日に採決されず、また、7日にも採決されずにいたところ、若干表現をレバノン政府寄りに修正した安保理決議が11日に安保理において全会一致で採択されました。
 イスラエルは、この採択直前に、南レバノンでの大攻勢作戦を発動するとともに、この決議案を拒否する旨意思表示を行いましたが、その後方針を転換し、13日の閣議でこの決議案を受諾する予定です。ただし、発動した大攻勢作戦はそれまで継続します。米国もイスラエルにこのように一両日の余裕を与えることを了解しています。他方、(ヒズボラはもとより、)レバノン政府はまだ態度表明をしていません。
 原案と採択された決議との違いは、レバノンに派遣される15,000人の国連軍が新たに創設されるはずであったところ、現在2,000人のUNUFILの15,000人への拡大に落ち着いたことと、この国連軍はレバノンにおける平和維持という任務達成のために、国連憲章第7章に基づく武力行使ができることとされていたところ、第7章への言及はなくなったけれど、(国連憲章第6章に基づく)平和維持活動の域(部隊の自衛)を超えて武力行使ができることとされたことですが、これらは実質的にはさしたる違いではありません。
 また、Sheba’a Farmsへの言及も、イスラエルに収容されているレバノン人達への言及もない一方で、ヒズボラが拉致したイスラエル兵士への言及はなされていること、また、ヒズボラは全ての武力攻撃を中止しなければならないのに、イスラエルは「攻撃的軍事作戦(offensive military operations)」を中止すればよいだけ(注5)、というイスラエル側にとって有利な点はそのまま維持されています。

 (注5)イスラエルは、今次レバノンにおけるイスラエルの軍事行動は、すべて防衛的軍事作戦であったと主張している。

 イスラエルのオルメルト(Olmert)首相は、ブッシュ大統領に電話をかけて、米国の安保理での努力に謝意を表しました。
(以上、http://www.guardian.co.uk/syria/story/0,,1838894,00.html
(8月7日アクセス)、及び
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1839399,00.html
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1843191,00.html
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1843127,00.html
(いずれも8月12日アクセス)による。なお、採択された安保理決議そのものは、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/08/11/AR2006081100774_pf.html(8月12日アクセス))

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 ブッシュ米大統領が、先般、ヒズボラについて、全体主義的であり、イスラム過激主義であり、イスラム・ファシズムである(totalitarian in nature, Islamic radicalism, Islamic fascism)、と語ったこと、また同大統領が、イスラエルとヒズボラとの戦闘は、米国とイランの代理戦争(proxy war)であると考えていること、がファイナンシャルタイムス
http://www.ft.com/cms/s/9969a64c-295e-11db-9dcc-0000779e2340.html
。8月12日アクセス)。
によって報道されました。
 この記事は、現実主義的政治学者であるライス国務長官の早期停戦論を退けて、イスラエルによるヒズボラ攻撃を続けさせてきたのは、このブッシュであり、これは、ブッシュ政権でネオコンが依然隠然たる力を持っていることを示している、としています。
 今般の紛争に関する私のかねてからの持論はブッシュのそれと生き写しであったことになりますが、このことも、また、それがネオコンの考え方でもあるらしいことも、私にとっては、余りありがたくない話ではあります。
 ちなみに、英国でアルカーイダ系テロリスト達による米国行き民航機同時多発テロ未遂事件が明るみに出た8月10日の前日に、英国の内務大臣は、思わせぶりに「民主主義者とファシストの個人達(fascist individuals)の間の戦い」について語りました
http://blogs.guardian.co.uk/news/archives/2006/08/11/what_really_motivates_suicide_bombers.html
。8月12日アクセス)。
以上から、米英両政府が、9.11同時多発テロから今般の紛争までをひっくるめて、自由民主主義とファシズムとの戦いであるととらえ始めていることが分かります。
 これがアングロサクソンから見た先の大戦のとらえ方であったことはご記憶のとおりですが、スターリニズムを一種のファシズムと考えれば、それはアングロサクソンから見た戦後の冷戦のとらえ方でもあったと言ってよいのではないでしょうか。
 ということは、アングロサクソンは、イスラム教原理主義勢力とアングロサクソンないしイスラエルとの戦いを、先の大戦の第一フェーズ、冷戦の第二フェーズ、に引き続く第三フェーズの対ファシズム戦争である、ととらえ始めている、ということになりそうです。
 フランシス・フクヤマの言う「歴史の終わり」(コラム#133、211、223、587、742、747、1096、1148、1154、1232)がいまだ到来していないことがはっきりした、ということでしょう。
 第一フェーズにおいて自らアングロサクソンと死闘を演じ、第二、第三フェーズのソ連及びイスラム教原理主義勢力にとって教祖的役割を演じた欧州は、改めて第三フェーズにおいて、旗幟を鮮明にすることが求められている、と私は思います。
(このシリーズの最後に書くはずだった結論を前倒しして書きました。)
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(続く)