太田述正コラム#1390(2006.8.28)
<現在進行形の中東紛争の深刻さ(その11)>

(前回のコラム#1389の「(注1)」の直前のあたりは、校正ミスで、全く判読不可能の文章になっていました。私のホームページとブログを直してありますのでご参照下さい。)
 (有料読者の方へ。コラム#1388の「3 英帝国主義という小悪」の中の文章を、「2世期間におよぶ英帝国主義の非産業化政策と分割統治政策は、それぞれ、インド亜大陸の経済を荒廃させ、内部[対立]を激化せしめた。」の[]のように訂正してください。)

 (本篇は、実質的にはコラム#1377の続きです。)

  イ 地上戦闘
 ヒズボラは、イランの支援のおかげで、第一級の性能の武器を潤沢に保有していました。
 対戦車火器は仏米露各国製の最新のものをとりそろえており、米国製のものとしてはトウ(TOW)、ロシア製のものとしては、コルネットE(Kornet-E)、サガー2(Sagger2)、メティスM(Metis-M)等を持っていました。
コルネットEは射程が3.5マイルのレーザー誘導の対戦車ミサイルで、サガー2は射程が550??3,200ヤードの有線誘導の対戦車ミサイルですし、メティスMは射程1マイルで徹甲弾は対戦車用に、燃料爆弾は部隊や塹壕攻撃用に用いられました。
 しかもヒズボラは、偽装された塹壕の中から、夜間暗視装置付きカメラでイスラエル軍の戦車等をとらえ、そのデータをパソコンにオンラインで落とし込み、更にサガー2等にに目標位置情報をインプットした上で発射するといったこともしていました。
 このほか、兵士個々人が携行するロシア製のロケット・ランチャー(発射機)RPG-29(注22)も脅威でした。

 (注22)1960年台から広く用いられたRPG-7の発展版。昨年11月にヒズボラが持っていることが分かった。なお、RPGとはRocket Propelled Grenadeのイニシャルであり、RPG-29は、対戦車用ロケットまたは対人手榴弾を発射できる
http://en.wikipedia.org/wiki/RPG-29。8月28日アクセス)。

 ちなみに、イスラエル軍のシコルスキーCH-53ヘリコプターが撃墜され、乗員5名が死亡したことがありましたが、これはヒズボラの対戦車ミサイルでやられたものです。
 上記以外の古い対戦車火器も、ヒズボラは、装甲歩兵戦闘車や建物内のイスラエル兵殺傷用に活用しました。
 結局、対戦車火器によってイスラエルの誇るメルカバ(Merkava)戦車4台が完全に破壊され、何十台も部分的に破壊され、イスラエル兵士の死者総数120人(注23)の四分の一近くが対戦車火器によるものでした。

 (注23)ヒズボラ兵士の死者総数は500人以上とイスラエル軍は主張している。

 戦術的にもヒズボラは優れていました。
 ヒズボラは、創設された1982年から始まってイスラエル軍が南レバノンから撤退する2000年までの間、継続的にイスラエル軍と戦った経験があり、イスラエル軍の軍事ドクトリンや能力を知悉しています。この点で、かつてのレバノン内での反パレスティナ勢力との内戦しか経験がなく、イスラエルと正面から戦った経験がないパレスティナ過激派とは全く違うのです。
 ヒズボラは、このように経験豊富である上に、イランを通じ、イラン・イラク戦争やチェチェン紛争等の戦訓を学び、身につけています。
 また、ヒズボラは地域住民の全面的支援を受けている上、ヒズボラ兵士自身が地域住民でもあり、無数の小高い丘等からなる南レバノン戦域を熟知しています。
 その彼らが、2000年以来の6年間に縦横に張り巡らせた地下塹壕やトンネルを使って待ち伏せ攻撃を行ったり(注23)、神出鬼没の攻撃・防御を行ったりしたのです。

 (注23)ヒズボラの狙撃手は500ヤード離れた所にいるイスラエル軍兵士を斃すことができる。

 塹壕の中には、地下40メートルの空調機つきのものまでありました。
 これではイスラエルが、砲爆撃、就中空爆だけでヒズボラの息の根を止めることができなかったわけです。
 そもそもヒズボラ兵士は制服を着ていませんし、ヒズボラには基地も補給所もありません。
 更に言えば、ヒズボラには中間司令部もなければヒエラルキーもなく、頂点に最高指導者であるナスララがいるたけで、後はせいぜい20人単位の個々の部隊が存在するだけなのです。しかも、個々の部隊はナスララに状況報告をほとんどしないし、ナスララに指示を仰ぐこともしません。そして、他から補給を受けることもなく、自ら何をすべきかを考え実行に移すのです。
 つまりヒズボラについては、通常の軍隊のように部隊の所在場所を発見することさえ容易でない上に、指揮統制システムや補給システムをたたくことによって機能マヒに陥らせることもまたできないのです。
 これに加えて、ヒズボラは秘密保全が徹底しており、そもそも、ヒズボラ兵士であるかどうか、肉親すら知らないケースが多いといいます。また、平時においても、ヒズボラの重要施設があるあたりに接近しようとすると、どこからともなく、ヒズボラ要員があらわれ、写真を撮ったり住民から話を聞いたりすることを妨げるのだそうです。更に、平時有事を問わず、ヒズボラの政治部門や住民福祉部門は、ヒズボラの軍事活動や諜報活動については何も知らされていないといいます。ですから、イスラエルの諜報機関は容易にヒズボラには浸透できず、従って容易にヒズボラの情報はとれないのです。
 今次レバント紛争の北部戦域での戦闘に際して、イスラエル軍が4,000人にものぼろうかというヒズボラの兵力の大きさ、上述したようなヒズボラの戦術の優秀さ、あるいはヒズボラによる上述したような高性能武器の保有にびっくりしたり、イスラエル軍が、戦闘の間、一度たりともヒズボラのTV放送を沈黙させることができなかったこと、更には、これまで一貫してイスラエルの諜報機関や軍が、ナスララの所在を探し求めてきたというのに、一度もつきとめることができていないこと、は記憶に新しいところです。
 それに、ヒズボラ兵士の士気は極めて高く、今回は自爆攻撃こそしませんでしたが、死を恐れる気配が全くありませんでした。
 このように見てくると、ヒズボラは、アラブ世界最強の軍隊であるとともに、世界最強のゲリラであると言っても過言ではないでしょう。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1842276,00.html
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1842219,00.html
http://www.csmonitor.com/2006/0811/p01s01-wome.html
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/HH11Ak03.html
(いずれも8月11日アクセス)、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/08/13/AR2006081300719_pf.html
(8月15日アクセス)、及び
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-izmil27aug27,0,1322623,print.story?coll=la-home-headlines
(8月28日アクセス)による。)

(続く)