太田述正コラム#1471(2006.10.27)
<クーデター後のタイ>

1 始めに

 9月19日にタイでクーデターを起こした軍部は、民主化と首相権力の強化を謳った1997年憲法を停止した上で暫定憲法を制定し、この暫定憲法に、クーデターに関する一切の責任の免除・首相の解任権・国会議長の認証権・次期憲法起草委員会(医院100名)が起草した憲法への認否権を明記した上で、10月1日、軍最高司令官、陸軍司令官を歴任したスラユット(Surayud Chulanont)大将(枢密院議員)を暫定首相に据えました(
http://www.nytimes.com/aponline/world/AP-Thailand-Coup.html?ref=world&pagewanted=print
(10月2日アクセス)及び、
http://www.csmonitor.com/2006/1005/p07s02-woap.html
(10月5日アクセス)。
 いまや、ロンドンに亡命中の前首相のタクシンは、完全に過去の人になってしまったように見えます。
 しかし、話はそう簡単ではなさそうです。

2 維持されているタクシンの基本政策

 タクシンが始めた、企業等の健康保険に入っていない人々のための、一診療30バーツ(0.8米ドル)払えばよい制度も、農村向けの低利融資制度も維持されています。
 止めるに止められない、ということなのでしょう。
しかも、農村地帯におけるタクシン人気は衰えていません。
(以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/5398186.stm
(10月3日アクセス)による)。

3 タクシンは腐敗していなかった

 クーデターの首謀者であるソンティ陸軍司令官は、つい先だって、タクシンの腐敗容疑について、「監査局(Office of the Auditor General)が調査を行っているが、難航している。何も出てこないかも知れない」と語りました(
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6087342.stm
。10月27日アクセス)。
 どうやら、タクシンの腐敗容疑は、やっかみか、ためにする論議だったようです。

4 イスラム教徒のテロは更に悪化している

 クーデターの宣伝文句の一つは、首謀者のソンティ将軍が、タイ史上初のイスラム教徒の陸軍司令官であり、タイ南部のイスラム教テロリスト達との対話を通じての問題の解決を模索する、ということでした。
 また、暫定首相になったスラユット将軍も、陸軍司令官当時、タクシン首相の力によるテロリスト鎮圧政策が事態を悪化させると批判してタクシンの不興を買った人物であり、スラユットが暫定首相就任後最初にやったのは、テロリストの一部の根拠地が置かれているとされているマレーシアのアブドラ首相との、テロ対策を主眼とした首脳会談でした。
 ところが、クーデターから一ヶ月経った現在、イスラム教徒のテロ活動はむしろ激化しています。
 スラユットの暫定首相就任後も既にテロで23人の犠牲者が出ています。これでテロの犠牲者は2,300人を超えたという数字もあります。
(以上、
http://www.atimes.com/atimes/Southeast_Asia/HJ27Ae01.html
(10月27日アクセス)による。)

5 コメント

 結局、今回のクーデターは、タイに何のプラスをもたらすことなく、ただ民主主義を破壊しただけ、ということになりそうです。
 今後軍部の評判は急速に悪化していくことでしょう。
 それに伴って、このクーデターを承認したタイ王室の権威もまた、低下して行くことは必至です。