太田述正コラム#12353(2021.10.28)
<藤田達生『藩とは何か–「江戸の泰平」はいかに誕生したか』を読む(その6)>(2022.1.20公開)

 「・・・江戸の長屋<の>・・・店賃すなわち家賃はきわめて安かった。
 その理由として、大家(家主)による下肥<(注9)>の百姓への売却があげられている。

 (注9)しもごえ。「人間の排泄(はいせつ)する糞(ふん)と尿の混合物。・・・新鮮な下肥は作物に有害であり,衛生上も寄生虫などの危険がある<が、>・・・腐熟させて使用すると速効性があり元肥にも追肥にも使用された。食塩など各種塩類を含むため,連用すると酸性土壌になる。江戸時代から利用された重要な肥料源であったが,化学肥料の発達と衛生的な理由から使用は減少した。」
https://kotobank.jp/word/%E4%B8%8B%E8%82%A5-75355

 江戸時代前期は、史上稀にみる大開墾の時代だった。
 戦国の世が終わり新田開発が爆発的におこなわれて、・・・1598<年>の全国総石高を指数100とすると、ほぼ百年後の・・・1697<年>は140といわれる・・・。
 村落社会の繁栄は、様々な作物の成長を支える大量の肥料の確保を前提とするもので、地方社会における数千から数万人規模の人口を養う城下町の誕生は、まさに経済成長の基点だったといってよい。・・・
 どうして慶長年間になって、わざわざ建設と維持にコストがかかる沖積平野に新たに城下町を営む必要があったのだろうか。
 ここで、冒頭でお話しした農業生産力の飛躍的向上に注目しよう。
 戦国時代以来の長期に及ぶ戦乱で荒廃した国土を復興し豊かにするために、その開発拠点として城下町が構想されたのである。」
 沖積平野は、中世において開発の対象にはなりづらかった。
 しばしば洪水がおこり流路が変わるし、大規模なため池や灌漑用水を整備せねばならず、資本力のない都の貧乏荘園領主や地方の国人・土豪クラスには手に余る難題だったのだ。・・・
 <それが一転し、>泰平の世のはじまりに・・・諸大名<は、>・・・莫大な初期投資によって、地方に「藩」を建設したのである。
 その前提条件は、次の二点である。
 第一が、広大な平野を潤す大規模な用水・ため池を普請する技術が蓄積されていたこと。
 うち続く戦争で鍛えられた堀を掘削し土塁や石垣を普請する技術が、広く利用された。
 この段階では、火薬によって堅い岩盤を爆破することも可能だった。
 第二は、有力百姓が進んで新田開発に従事したこと。
 太閤検地によって地主権を否定された彼らは、卓越した経済力にものをいわせて新田開発にいそしんだ。
 彼らのなかには、新たに村落を興して草分け百姓として郷士や庄屋になる者もあった。・・・
 大清帝国が誕生して東アジア世界に泰平が到来した<(注10)>この時期、諸大名は、信長・秀吉以来の重商主義にかわって、農本主義を選択したのである。」(1~2、5~7)

 (注10)清の北京遷都の1644年に「大清帝国が誕生」したとして、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85
その「大清」では、(1673~1681年の三藩の乱
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%97%A9%E3%81%AE%E4%B9%B1
を含む、)1683年までの明清交替の戦乱が続き、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%B8%85%E4%BA%A4%E6%9B%BF
引き続き、1687~1759年の清・ジュンガル戦争があり、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AB%E6%88%A6%E4%BA%89
そして、1796~1804年の白蓮教徒の乱があり、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%93%AE%E6%95%99%E5%BE%92%E3%81%AE%E4%B9%B1
1840~1842年のアヘン戦争で英国に敗れると、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%98%E3%83%B3%E6%88%A6%E4%BA%89
1851~1864年の太平天国の乱
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E5%A4%A9%E5%9B%BD%E3%81%AE%E4%B9%B1
等で国内は乱れに乱れ、名存実亡状態になる。

⇒「注10」に照らせば、「東アジア世界に泰平が到来した」、などとは到底言えないはずです。(太田)

(続く)