太田述正コラム#1541(2006.12.1)
<イラクの現状は内戦か(続)>(有料→2007.4.24公開)

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1 歴とした内戦との比較

 内戦の定義に頭を患わせる必要はない。特定の国や地域の中で人々が殺し合って多数の死者が出ていて、その数が過去において歴とした内戦として衆目が認めるものの死者の数を上回っておれば、それは間違いなく内戦だ、という主張もあります。
 米CBS元ディレクターのランドー(Barry Lando)のロサンゼルスタイムスへの寄稿(
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-lando29nov29,0,1767442,print.story?coll=la-opinion-center
。11月30日アクセス)の要旨は次のとおりです。
 
 先月公表されたある研究によれば、対イラク戦が始まった2003年3月から約65万人のイラク人が殺害されたという。
 いくら何でもこれは過大な数だという批判が絶えない。
 しかし、例えば、国連は、この10月に3,709人のイラク人が殺害されたと発表した。
 これで4ヶ月続けて殺害数が3,000人を超えた。
 その大部分の下手人はイラク人だ。
 この殺害数は、イラク全土の病院や霊安所から得られる数字に基づいており、ヤミからヤミに葬り去られるケースが沢山あるので、実殺害数はもっと多いと考えられている。

 では、まず米国の南北戦争(1861??65年)と比べてみよう。
 南北戦争の死者の数として通常引用されるのは約61万8,000人だ。
 しかし、このうち疾病によって死んだ者が41万4,000人いるので、殺害された者だけなら20万4,000人だ。
 これを戦争期間の48ヶ月で割ると、月平均4,250人ということになる。

 さて、イラクの人口は約2,500万人(2,700万人弱が正しい(太田))で、米国の1860年の人口の約80%だ。だから、この人口比で補正すると、南北戦争での月平均殺害数は3,400人ということになる。
 他方、イラクでは10月が3,709人で、11月にはもっと大きい数字になりそうだ。

 同じやり方でレバノン内戦(1975??90年)と比較すると、この内戦で10万人が殺害されているので、人口比で補正すると、月平均殺害数は3,330人となり、やはり、現在のイラクの数字の方が大きい。

 よって、現在のイラクの状況は、まさしく内戦と言うべきだ。

2 内戦どころかジェノサイドに発展するかも

 イラクの現状が内戦かどうかなどといった悠長な議論をしているヒマはない。
 事態がジェノサイドに発展するかもしれないという心配をすべきだ、という記事(
http://www.time.com/time/world/printout/0,8816,1564270,00.html
。11月30日アクセス)を米タイム誌は掲げました。
 その要旨は次のとおりです。

 ある米国の学者は、イラクの現状は、スンニ派とシーア派の民兵達が、国を分極化しようとしており、また、穏健派を次々に暗殺しようとしており、更には住民を宗派的に純粋な地域へと分かとうとしている、という点で、ジェノサイド的性格を帯びている、と指摘している。
 もう一人の米国の学者は、殺害数の多寡はともかくとして、スンニ派やシーア派の一部がどちらの宗派に属しているかということだけに着目して殺害を行い始めているところ、これこそがジェノサイド的メンタリティーなのだ、と指摘している。
 他方、ジェノサイドに発展する懼れはない、とする学者もある。
 彼らは、上述のジェノサイド的メンタリティーを持って行動しているイラク人が少なすぎるし、そもそもシーア派の中が各派に分かれているので、シーア派が一致結束してイラク全土でスンニ派を迫害するような事態には発展しない、と反論している。

3 感想

 イラクの現状をどうみるかで、米国は、良く言えば百家争鳴状態、悪く言えば周章狼狽状態です。
 ベトナム戦争とソマリアへの人道的介入では、米国世論が迷走して、撤退させるべきではなかった米軍を撤退させてしまったわけですが、イラクでまたもや米国世論が迷走して、米軍を過早にイラクから撤退させ、結果としてイラクが本格的な内戦に突入したり、シーア派によるスンニ派の大虐殺を引き起こしたりすることになりかねないのではないでしょうか。
 全く、米国は世話のやける超大国ですね。