太田述正コラム#1557(2006.12.9)
<イラク報告書批判(続)>(2006.12.9→2007.5.11公開)
1 始めに
 イラク報告書に対する批判はまだまだ続いています。
 今回は、クルド人からの批判と、米国内からの批判をご紹介した上で、そもそもこの報告書をとりまとめたベーカー元米国務長官の本当のねらいはどこにあるのかをさぐってみましょう。
2 クルド人からの批判
 和解した元政敵のタラバニ(Jalal Talabani)をイラク大統領へと送り出し、自分はクルド人地区の総帥として残ったバルザニ(Massoud Barzani)氏は、この報告書をまとめたメンバー達がクルド人地区を訪問しなかったことは遺憾だとした上で、「新生イラクがその上に築かれているところの連邦主義と憲法という原則に反して」イラクの中央政府の強化を訴えていることを批判しました。
 そしてこの批判に、タラバニ大統領も同感の意を表したのです。
(以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6163721.stm
(12月9日アクセス(以下同じ))による。)
3 米国内からの批判
 米国のリベラルには、ブッシュ政権を批判しているとして評判が良いのですが、保守派からは、この報告書は降伏主義であるとか、イスラム・テロの淵源であるイランやシリア等と交渉せよだなど、一体何を考えているのかとか、ブッシュ政権が掲げてきた民主主義を中東に普及させるという話に全く触れていないことはけしからんとか、激しい批判が投げかけられています(
http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-right8dec08,0,3738278,print.story?coll=la-home-headlines
)。
 Institute for Policy Studiesの客員研究員のAntonia Juhaszは、余り紹介されていない、報告書の驚くべき内容をとりあげています。
 彼は、報告書が、その1頁目で「イラクは世界第二の石油埋蔵量を持っている」と記し、提言第63で、イラクの石油セクターの完全民営化、つまりは米国等の国際石油資本にイラクの石油資源を自由にさせること、を謳い、提言26、28等でそのための具体的措置を謳っていることに注意を喚起した上で、報告書は、79にのぼるすべての提言が、一つ残らず実施に移されなければならない、と記すとともに、イラク政府が、これら提言を受け入れる限りにおいてのみ、米国はイラクに対する軍事的・政治的・経済的支援を行うべきだと記しており、ブッシュ政権及びその背後にある米石油資本のホンネをあまりにも露骨に書いていることを批判しています。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-juhasz8dec08,0,7446111,print.story
による。)
3 ベーカーの本当のねらい
 ベーカーが耄碌していると言う人は誰もいません。
 だとすれば、一体どうして彼はあえてこんなにできの悪い報告書をつくったのでしょうか。
 英ガーディアンのコラムニストのスティール(Jonathan Steele)の深読みは次のとおりです。
 第一の理由は、米中間選挙対策だろう。ブッシュ家の大番頭であるベーカーが報告書をつくる、と鳴り物入りで宣伝すれば、イラクの現状を心配する米国民の声に、ブッシュ大統領も真剣に耳を傾けているというイメージが醸成されるというわけだ。結果的には、選挙で惨敗したのだから、このもくろみは成功しなかったことになる。
 第二の理由は、民主党のブッシュ政権批判を和らげることだ。「超党派」メンバーが、コンセンサスに到達して報告書をとりまとめたのだから、これにはある程度成功したことになる。ブッシュ大統領が、この報告書の「大部分」を採用すれば、ブッシュの残任期には民主党はブッシュと全面対決はできなくなる。しかも、ブッシュが報告書の「大部分」を完全に履行しなくても済むような逃げ、換言すれば、ブッシュが失敗した場合の逃げ、が報告書の随所に散りばめていることも忘れてはならない。
 第三の理由は、報告書が「政治的両極化の時にあっては、米国民が団結しているかどうかが成功の分かれ目だ。・・幅広い持続的コンセンサスによって支えられない限り、外交政策は、そしてイラクにおけるいかなる活動も、失敗する運命にある」と述べることによって、ブッシュの対イラク政策が失敗した場合に、米国民にその責任を転嫁することができるようにした、ということだ。
 そもそも、この報告書の核心部分は、ブッシュが既にやっていること・・米軍の完全撤退については言を左右にしつつ、米軍を前線から下げて米軍の死者の数を減らす・・を追認しただけ、という代物だ。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,,1965998,00.html
による。)
4 感想
 ベーカーを操っているのがブッシュ父元米大統領であるとすると、ブッシュはまことに偉大な父親を持ったものですね。
 また、やはり英国人にかかると、できそこないの米国人がやることなど、すべてがお見通しなのですね。