太田述正コラム#1812(2007.6.15)
<中共の頭脳流出>(2007.8.4公開)
1 始めに
 支那は昔からの移民の多いところであり、中共は、現在世界150カ国以上に約3,500万人の支那系移民を擁する世界最大の移民大国です。
 この海外の支那系移民からの中共への送金は、毎年200億米ドルに達しています。
 ところが、最近中共は特殊な移民の多さに頭を抱えています。
 中共からの海外留学生で本国に戻らない者が多い、という問題です。
 今回は、この話をとりあげることにしました。
2 留学生移民大国中共
 (1)深刻な状況
 中国社会科学アカデミー(The Chinese Academy of Social Sciences)が実施した調査によれば、1978年以降106万人が海外留学したけれど、帰国したのはわずか27万5,000人に過ぎません。
 2002年以降だけでも、10万人以上が海外留学したけれど、帰国したのは2万人から3万人に過ぎないと推計されています。
 つまり、常に10分の7くらいは、大学院に進んだり、仕事に就いたり、結婚したり、外国籍をとったりしていることになります。
 この海外留学生非帰国比率は、世界最高です。
 しかも、中共の海外留学生の数はうなぎのぼりに増え続けています。
 2005年には11万8,500人が海外留学に出かけましたが、2010年までには、それが毎年20万人に達すると見積もられています。
 (2)対策
 そこで、この3月から様々な対策が講じられ始めました。
 海外から帰国した上級の研究者・エンジニア・会社のマネージャーに対しては、居住地や勤務地を指定される戸籍管理制度(hukou system)を適用除外するとともに、高い給与とトップクラスの国内大学へ子弟の入学を保証することにしたのです。
 しかし、この程度の対策では焼け石に水といったところです。
 (3)留学生移民候補
 更に悪いことには、若者の間での海外移住熱は高まるばかりなのです。
 今年上海で実施された調査によれば、上海の高校生の30%、中学生の50%が海外に移住したいと思っていることが分かりました。ちなみに、中学生の36.9%は、米国に移住したいと思っています。
3 背景
 海外留学が増える大きな原因の一つは、中共の国内大学の抱える諸問題です。
 毎年1,000万人が、暗記中心の統一入試で大学を受験し、成績の良い者から順番に北京大学や精華大学等の有名校に入学が認められるシステムなのですが、大学に入学して卒業する400万人強のうち、就職できるのは半分以下の200万人に過ぎません。
 しかも、就職できるといっても、月800元(約100米ドル)程度のホームヘルパーやドアマンになっている者さえ現れています。2003年には大卒の初任給月が2,500~3,000元だったのに、昨年には中位初任給が月1,000元まで下がっているのです。
 大学そのものも火の車です。
 中共の政府教育支出はGDPの3.3%に過ぎず、これは世界の平均である4.2%を大きく下回っています。
 この結果、大学運営経費のうち、国家負担が700億元に対し、学生が払う授業料が400億元にもなっており、これでも足らずに、どの大学でも金儲けに大わらわです。
 これでは、大学教育の質が劣化するのは当たり前です。
 まともな教育が受けられず、卒業しても必ずしも展望が開けない、となれば、何とか海外留学を、と考えるのは人情です。
 
4 付論:世界の頭脳流出状況
 (1)状況
 とはいえ、世界全体を見渡してみると、中共より、状況が深刻な国は枚挙に暇がありません。 
 そもそも、中共にせよ、インドにせよ、大学卒業生の5%が海外流出しているに過ぎません。
 ところが、世銀の統計によると、世界の最貧国グループでは、大卒者の四分の一から半分が海外に住んでおり、ハイチやジャマイカではその比率が80%にも達しています。
 アフリカの状況は特に深刻です。
 ガーナの比率は47%、モザンビークは45%、ケニアは38%、ソマリアとアンゴラは33%です。
 この結果何と、アフリカ54カ国の科学者全員を合わせたよりも、米国に在住するアフリカ出身の科学者の方が多くなってしまっているのです。
 (2)全般的背景
 
 こうなってしまうのも無理からぬところがあり、世界の高等教育における研究開発費の90%は米・英・豪・独・日の5カ国で支出されていて、発展途上国は、とてもではないけれど、人材獲得面でこれら先進国と競争できないのが実状なのです。
 結局、先進国は、現代において最も重要な資源である人材を途上国から収奪している形であり、これは新しい形態の植民地主義である、という指摘がなされています。
 (以上、
http://www.atimes.com/atimes/China/HL21Ad01.html
(12月21日アクセス)、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6356101.stm
(2月16日アクセス)
http://www.guardian.co.uk/china/story/0,,2093739,00.html  
(6月2日アクセス)、及び
http://www.atimes.com/atimes/China/IF15Ad01.html  
(6月15日アクセス)による。)