太田述正コラム#2095(2007.9.30)
<退行する米国(続x5)(その2)>
 (本篇は、形の上でコラム#2077の続きですが、実態は、コラム#2063の続きです。読者との対話だけで終わってしまったので、例外的に全篇を即時公開します。)
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<バグってハニー>
 結局、ナオミ・クラインの本(THE SHOCK DOCTRINE The Rise of Disaster Capitalism )のイラク戦争の章に関しては全く議論が盛り上がらなかったです。とにかく前にも書いた通り、イラク戦争の章の批評を担当した、Jeremy Scahill(民間軍事会社ブラックウォーターを批判する本を書いている)は、ここまで詳細な占領政策の批判は初めてだとべた褒めしています。それで、彼のブログにはついぞ右派の投稿子が登場せず、左派の投稿子が勝手に勝利宣言を出しています。結局、占領政策のあまりの拙さは右派も否定しようがないということなんでしょう。
 一つだけ投稿子の発言で鋭いと思ったのは占領地の運営を民間会社に任せるのはなにも真新しいことではない、というものです。つまり英国の東インド会社によるインド支配。
<太田>
 米国のイラク「経営」のやり方は、東インド会社より、かつての英海軍を思い起こさせます。
 英国では長く、正規の海軍と捕獲免許状(Letter of marque)(コラム#41)を与えられた海賊(私掠船=privateer )が渾然一体となって戦争を遂行したものです(
http://en.wikipedia.org/wiki/Privateer
。9月30日アクセス)。
 これに対し、エリザベス1世の勅許状に基づいて1600年に設立された株式会社たる東インド会社(Honourable East India Company)(
http://en.wikipedia.org/wiki/British_East_India_Company
。9月30日アクセス)は、植民地経営を英本国から、軍事も含めて全面的に委任された形で経済合理的に遂行しました。
 思うに、欧州諸国の植民地「経営」と英国の植民地経営との最大の違いは、前者は基本的に私掠船的掠奪に終始したのに対し、後者は株式会社的経営であった点に求められるのではないでしょうか。
 ついでながら、日本の植民地経営は、この二つのいずれとも異なり、もっぱら安全保障的観点から行われたため、財政的には持ち出しの形で社会貢献的に行われたと言えるでしょう。
 話を戻しますが、米国のイラク「経営」は、第一に米軍、第二にこの米軍を軍事面で補完する役割を担わされた民間会社、そして第三に非軍事面をほぼ全面的に委任された民間会社、、の三位一体で進められ、この状態がイラクが主権を回復した以降も基本的に続いているわけです。
 米経済学者のクルーグマン(PAUL KRUGMAN)は、イラクにおける民間軍事会社の社員の死者の数が、米軍どころか米軍を含めた全多国籍軍の死者の数を上回っているとし、こんな異常なことになったのには三つ理由がある、と指摘しています。
 一つ目は、民間軍事会社で補完することで、イラク派遣米軍兵力を少なく押さえることができたことです。(徴兵制復活ができない以上は、それ以外に方法はなかったと言えるのかも知れません。(太田))
 二つ目は、ブッシュ政権や共和党とのコネで、イラク一般市民虐殺事件を起こして問題になっているブラックウォーター(Blackwater)のような、不適格な民間軍事会社がイラクで米軍補完任務を委任されたことです。
 三つ目は、ブッシュ政権が民間委託イデオロギーとでも呼ぶべきものに取り憑かれていることです。
 その証拠に、ブッシュ政権は、9.11同時多発テロが起こったというのに、依然空港の安全を民間会社に委ね続けている、というのです。
 
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/28/opinion/28krugman.html?ref=opinion&pagewanted=print
(9月29日アクセス)による。)
<バグってハニー>
 ナオミ・クラインはその後三回ガーディアン紙上でブログを書きましたが、そのうち二回はほとんどフェンビーへの再反論に費やしています(三回目は読者の質問への回答)。それで投稿子にもいちいち反応するフェンビーと違ってクラインは書きっぱなしなので中国に関しても議論は深まりませんでした。
 それでウィル・ハットン(オブザーバー紙とガーディアン紙のコラムニスト)が手短にまとめてくれていますが、ナオミ・クラインの分析はイラク戦争とハリケーン・カトリーナに関してはうまくいっている、中国に関しては全くでたらめ、英国に関してはそもそも関係ない、ということなんだそうです。
 私が受けた全体的な印象は彼女の著書はマルクスの資本論の劣化版焼き直しなのかなと。ブルジョワ対プロレタリアートという階級闘争史観をネオリベラリスト対アンチグローバリゼーショニストに置き換えて資本主義を攻撃しているのではないかと。
 そんなに資本主義が嫌いなのだったら本をただで読ませてくれよと(彼女そんな読者からの質問にまじめに答えています)。ちなみに彼女、新たな手法(映画みたく予告編の動画)で著作を宣伝しています。これぞ資本主義の極み!クライン家は活動家の家系なんだそうです。<太田さんも言われていることですが、クラインが>イデオロギー色が強すぎるというのは確かなようです。
 ただ、今現在こんな図式が通用する紛争なんて世界のどこにあるのかと。民間主導のイラク復興政策がでたらめだったことは確かかもしれないですが、イラク人同士が殺し合いをしているのはネオリベラリズムに対する抵抗ではないですよねえ。そのあたりが、コナー・フォーリーが指摘した伝統的な左翼思想の危機、世界の左翼を結束させる左翼思想の欠如なのではないかと思いました。
<太田>
 ノーベル経済学賞を受けた米経済学者のスティグリッツ(JOSEPH E. STIGLITZ)のナオミ・クライン本の書評の結論的部分をご紹介しましょう。
 「クラインは学者ではないし、学者的基準で判断されてはならない。彼女の本の中には単純化し過ぎの箇所が沢山ある。しかし、フリードマン等のショック施療師達も単純化し過ぎという点では同罪だ。連中の市場経済の完全さに対する信奉は、完全情報・完全競争・完全リスク市場を前提としたモデルに立脚している。クラインを攻撃するのなら、連中の掲げる諸政策はもっと強く批判されなければならない。この諸政策は、堅固な経験的・理論的基礎に全く立脚していない・・。
 クラインは経済学者ではなくジャーナリストであり、彼女は世界中を旅し、それぞれの現場において何が本当に起こったのかを直接発見しようとしてきた。・・イラクの民営化、<インド洋の大>津波の後に起こったこと・南アフリカでANCが権力を掌握してからの年月・・<を扱った>各章はこの本の中の最も面白くない部分だが、最も説得力のある部分でもある。」
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/30/books/review/Stiglitz-t.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
(9月30日アクセス)による。)
 恐らく、これは常識的な結論なのだろう、と私は思っています。
 このスティグリッツのコラムは、これまで英国内、しかもほぼガーディアンの中だけで取り上げられていた(注)クライン本が、ついに米国でも、ただしニューヨークタイムスだけで取り上げられた、という点でも注目されます。
 (注)クラインに対する毀誉褒貶を整理
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/6992893.stm
。9月14日アクセス
    イラクでの民間会社委託に関する評価
http://books.guardian.co.uk/shockdoctrine/story/0,,2167229,00.html
。9月15日アクセス(以下同じ)
    中共に関するクライン批判
http://commentisfree.guardian.co.uk/jonathan_fenby/2007/09/the_tiananmen_square_peg.html
    中共に関するクラインの弁明
http://commentisfree.guardian.co.uk/naomi_klein/2007/09/an_absorbing_debate.html
    ロシアに関するクライン批判
http://commentisfree.guardian.co.uk/john_lloyd/2007/09/lost_in_the_mists_of_time.html
    クライン擁護
http://commentisfree.guardian.co.uk/gary_younge/2007/09/there_is_the_general_and.html
    クライン擁護
http://commentisfree.guardian.co.uk/jeremy_scahill/2007/09/testimony_of_the_tortured.html
    南米からのクラインに対する建設的批判
http://commentisfree.guardian.co.uk/conor_foley/2007/09/striking_parallels.html
    クラインに対する高い評価
http://commentisfree.guardian.co.uk/seumas_milne/2007/09/crying_conspiracy_is_no_answer.html
    英(サッチャリズム)米(レーガノミックス)は事情が異なるとする批判
http://commentisfree.guardian.co.uk/madeleine_bunting/2007/09/shocked_awed_and_uncertain.html
    精神病治療との類似性に同感であるとする評価
http://books.guardian.co.uk/reviews/politicsphilosophyandsociety/0,,2169298,00.html
    最も鋭くかつ暖かいクライン批判
http://books.guardian.co.uk/reviews/politicsphilosophyandsociety/0,,2174930,00.html
。9月23日アクセス
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コラム#2096(2007.9.30)「朝鮮戦争をめぐって(その4)」のさわりの部分をご紹介しておきます。
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 最終章たる朝鮮戦争から始めることにしましょう。
 現在の日本人の多くは、占領史観の影響を受けた、戦前と戦後が断絶した歴史観を抱いています。
 ですから、朝鮮戦争についても、隣国で米軍と北朝鮮軍/中共軍とが戦った戦争、といった程度の認識の人が多いのではないでしょうか。
 このような認識は誤りです。
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 朝鮮戦争の主役はあくまでも北朝鮮軍と韓国軍であり、それをそれぞれ中共軍と米軍等が支援した、ととらえるべきなのです。
 北朝鮮軍は中共軍やソ連軍に属していた朝鮮族部隊をそのまま北朝鮮軍師団に改編したものが殆どで練度が高かったのですが、その北朝鮮軍に対し、韓国軍は、建国後に新たに編成された師団ばかりであって、その5年前まで日本帝国臣民であったところの、その多くが日本軍出身者であった将校・・が、まだ訓練が十分ではなかった、やはりその5年前まで日本帝国臣民であった兵士を率いて戦いました。
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 それに、朝鮮戦争には、正真正銘の日本の武装部隊が参戦をしています。
 海上保安庁の掃海艇(もちろん旧海軍由来)が戦闘地域である朝鮮水域で掃海を実施した・・のです。
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 疎遠になっていた中国国民党と米国との関係修復もまた、朝鮮戦争を契機に成ったのです。
 このように見てくると、東アジア25年戦争の最終章、かつ最後の日ソ戦としての朝鮮戦争は、それまで日本を敵視していた米国(や英国等)と中国国民党が、初めて日本の側に立ってソ連と中国共産党と戦った最初にして最後の戦争であった、という捉え方ができるのです。
 朝鮮戦争の結果、南北併せて最高約300万人(南約100万、北最高約200万)の旧日本帝国臣民たる一般市民、41万5,000人の旧日本帝国臣民たる韓国軍兵士、33,000人の米軍兵士、約150万人の北朝鮮兵士(その中には多数の旧日本帝国臣民が含まれている)と中共軍兵士が死亡しました・・。
 この天文学的な犠牲、とりわけ旧日本帝国臣民の犠牲は、米国が旧日本帝国を敵視し、先の大戦で旧日本帝国を瓦解せしめてさえいなければ生ずるはずがなかったことに鑑みれば、その責任は米国が一義的に負わなければならない、と私は考えているのです。
(続く)