太田述正コラム#2518(2008.4.30)
<再び防衛問題について>
1 始めに
 日本のメディアは防衛問題を取り上げなくなってしまいましたが、産経新聞が本日、森本敏氏のコラムを「主張」欄に掲載しました。
 このコラムを材料に、改めて防衛問題を論じてみましょう。
2 森本氏のコラム
 (1)コラムの内容
 ・・・守屋前同省事務次官の汚職事件、一連の秘密漏洩、イージス艦「あたご」の衝突事故など・・・の事件の原因と組織・機構は直接の関係はない。確かに、事故後の措置や報告については組織・機構に問題があるものの、事件の原因の多くは指揮官の指揮や隊員の規律、士気にある。とはいえこれらの問題を国家的見地からみると、その背後にもっと根本的な問題が存在すると思わざるを得ない。国家の防衛に対する国民意識の問題はその一つ。特に、米国で起きた9.11テロ以降、防衛の目的や意義が分かりにくい。わが国にとっての脅威には朝鮮半島、中国から来るものや非対称脅威という問題がある。しかし、これらが現実には、いかなる脅威になるのか分かりやすく説明されていない。こうした新しい状況に自衛隊の問題意識が追いつかない。結果として質の良い隊員ばかりとはいえず、部隊の規律や士気を維持することは難しく充足率も良くない。・・・この際、国家の防衛とは何なのか、なぜ、今、何が必要なのかなど、冷戦後におけるわが国の「防衛のあり方」について根本的な議論を尽くす必要がある。また、自衛隊が実質的な軍隊であるにもかかわらず、軍隊としてみられない扱い、しばしば自衛官が文民より低い扱いを受けることも問題である。・・・自衛官は海外に出ると国際条約で軍人として扱われる。だからこそ安心して自衛官を海外に出せるのである。しかし国内では軍隊でないので、事件や事故を起こした場合には、警察に取り調べられ、一般法で処理される。諸外国では軍事法廷、軍事裁判の制度があり、軍人は軍法で裁かれる。・・・他方、国としては国家の安全保障や国防戦略を国家レベルで審議する国家安全保障会議を作るべきであるし、自衛隊の任務や武器使用について自衛隊の手を縛るようなことをせずに、指揮官に委ねるための法整備を進めるべきである。また、秘密保護の法整備を進め、国会には秘密公聴会を設置すべきである。隊員個人が名誉を重んじられるよう勲章や階級呼称、慰霊碑や公務死の場合の補償など国家がやるべきことは多い。こうした制度の不備を放置して隊員の意識改革だけを論じることは非合理である。・・・もちろん自衛隊員も軍人として求められる意識や規律をもっと自覚すべきである。一般人としても首をかしげるような事件・事故を起こしている自衛隊員を軍人として扱えという方が無理である。防衛省、自衛隊の組織・機構改革はこれらのあとに来る問題である。・・・」(
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080430/plc0804300303001-n1.htm
。4月30日アクセス)
 (2)コメント
 これはすらすらと読めはするけれど、要するに何を森本氏が言いたいのか今一つよく分からないコラムです。
 それは、森本氏が肝腎なことに口をつぐんでいるからでしょう。
 森本氏は、「わが国にとっての脅威には朝鮮半島、中国から来るものや非対称脅威という問題がある。しかし、これらが現実には、いかなる脅威になるのか分かりやすく説明されていない。」「この際、国家の防衛とは何なのか、なぜ、今、何が必要なのかなど、冷戦後におけるわが国の「防衛のあり方」について根本的な議論を尽くす必要がある。」と他人事のような物言いをされるけれど、「国家の防衛に対する国民意識の問題」が生じている責任の一半は森本氏を始めとする安全保障専門家、とりわけ元防衛省(庁)職員たる安全保障専門家の怠慢にある、というのが私の考えです。
 戦後日本が吉田ドクトリンを堅持してきたこと、それを象徴するのが集団的自衛権行使の禁止なる自己規制であり、軍隊もどきの自衛隊であること、その結果論理必然的に日本は米国の保護国(属国)に堕してしまっていること、戦後日本列島には一貫して核の脅威とテロ等の低レベルの脅威しかなかったこと、(これらの脅威に対処する任務を与えられていない以上、)自衛隊には具体的任務が与えられていないに等しいこと、自衛隊の「指揮官の指揮や隊員の規律、士気に<問題が>ある」のはその帰結であること、は、私に言わせれば、いずれも議論の余地がない事実ですが、これらのことに口をつぐんできた御仁など、およそ安全保障専門家の名に値しないのではないでしょうか。
 にもかかわらず、森本氏らがあえて口をつぐんできたのは、かつて碌を食んだ防衛省(森本氏の場合はそれに外務省も加わる)への義理立てのためと言うより、彼らが現在でも防衛関係費(森本氏の場合は外交やODA経費も加わる)のおこぼれに預かって生きているためではないか、と勘ぐりたくなるのです。
 それこそ下司の勘ぐりである、という反論があれば、どなたからのものであれ、歓迎しますよ。
 
3 日本国憲法
 森本氏のコラムに日本国憲法(第9条)への言及が全くなされていないことは一見不思議に思えるかも知れません。
 4月17日に名古屋高裁(青山邦夫裁判長)は航空自衛隊によるバグダッドへの多国籍軍の空輸が「憲法9条1項に違反する活動を含んでいる」との傍論を含む判決を下しました(
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20080421/153728/  
。4月22日アクセス)し、本日(4月30日)の新聞電子版に、
 ・・・米軍立川基地(当時)の拡張に反対する住民らが基地内に侵入した砂川事件で、基地の存在を違憲とし無罪とした1審判決を破棄し、合憲判断を出した1959年の最高裁大法廷判決前に、当時の駐日米大使と最高裁長官が事件をめぐり密談していたことを示す文書が、米国立公文書館で見つかった。・・・大使は、連合国軍総司令官のマッカーサー元帥のおいであるダグラス・マッカーサー2世。最高裁長官は、上告審担当裁判長の田中耕太郎氏だ。文書は、59年4月24日に大使から国務長官にあてた電報。「内密の話し合いで担当裁判長の田中は大使に、本件には優先権が与えられているが、日本の手続きでは審議が始まったあと、決定に到達するまでに少なくとも数カ月かかると語った」と記載している。電報は、米軍存在の根拠となる日米安保条約を違憲などとした59年3月30日の1審判決からほぼ1カ月後。跳躍上告による最高裁での審議の時期などについて、田中裁判長に非公式に問い合わせていたことが分かる内容。これとは別に、判決翌日の3月31日に大使から国務長官にあてた電報では、大使が同日の閣議の1時間前に、藤山愛一郎外相を訪ね、日本政府に最高 裁への跳躍上告を勧めたところ、外相が全面的に同意し、閣議での承認を勧めることを了解する趣旨の発言があったことを詳細に報告していた。・・・(
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080430k0000m040141000c.html
。4月30日アクセス)
のくだりを含む記事が、毎日新聞だけでも何本も載っていました。
 こんな判決が出るのでは、日本政府(自衛隊)も米国政府(米軍)もたまったもんじゃないはずです。
 しかし、私の考えはこうです。
 明治憲法も、現行憲法も、一度も改正されたことがありません。
 これは、単に明治憲法も現行憲法も硬性憲法(改正要件が厳格)であるというだけでは説明がつきません。
 実際、世界の立憲国の中では極めてめずらしい部類に属します(典拠省略)。
 私は、日本は立憲国家ということになっているけれど、実は憲法は存在しないと考えるべきだと思うに至っています。
 これは日本に実質的憲法が存在しない、ということでは必ずしもありません。
 天皇は国の象徴であるとか、政府は国民のための政治を行わなければならない、といったことは、律令国家の頃以来の日本の実質的憲法の条項であると言ってよいでしょう。
 つまり、日本は英国同様、不文憲法国であって、成文憲法国ではない、と思うのです。
 だから日本政府は、堂々と集団自衛権行使を禁じている政府憲法解釈を改めればよい、と申し上げておきましょう。
 森本氏が憲法に言及しないわけです。
4 防衛省/自衛隊の組織・機構改革について
 防衛省/自衛隊の組織・機構改革など些末な問題だ、という点では森本氏と私は見解を同じくします。
 
 自民党の「防衛省改革小委員会」(浜田靖一委員長)が検討している防衛省の組織改編の提言の原案を20日付の讀賣新聞電子版が報じました。
 ・・・各部署に分散している自衛隊の部隊運用の機能を自衛隊の統合幕僚監部に一元化し、内局(背広組)主導から自衛官(制服組)主導に比重を移すのが柱だ。石破防衛相が主張する内局と陸海空各幕僚監部の統合・再編は、国防族などの間で「急進的すぎる」と慎重論が強く、盛り込まなかった。提言では、内局の運用企画局の廃止を盛り込む。また、統幕の下には「統合司令部」を設置する。専門知識を有する制服組に運用を一元化する狙いがあるが、過度の権限集中を避けるため、統幕は、制服、背広の混合組織とする。原案は主に英国をモデルとしている。統幕長については、背広組トップの次官と同格であることを明確化。現在は行われていない制服組の国会出席の必要性も明記する。内局幹部が防衛相を補佐する「防衛参事官」制度は、形骸化が指摘されており、同制度を廃止し、防衛省OBや民間人を想定した「防衛相補佐官」制度の導入を求める。さらに、イージス艦衝突事故で、防衛省から首相官邸への情報伝達が遅れたことなどを受け、同省から首相秘書官への出向者を加えることも盛り込む。・・・(
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080421-OYT1T00004.htm  
。4月21日アクセス)
 「統幕は、制服、背広の混合組織とする」という一点を除いて、大変結構じゃありませんか。
 しかし、この程度のことだって、防衛利権にたかるのに支障が生じかねないことから、恐らく自民党政権下では実現しないでしょうね。
 同じ讀賣が25日付の電子版で、
・・・防衛省は・・・、内局(背広組)と陸海空各幕僚監部(制服組)の幹部らが参加し、防衛政策や緊急事態対処を協議する「防衛会議」(仮称)を設置する方針を固めた。・・・新たな防衛会議は、防衛相が主宰し、副大臣や背広組の次官、官房長、各局長、制服組の統合・陸海空の各幕僚長、情報本部長がメンバーとなる。・・・(
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080425-OYT1T00009.htm?from=main1
。4月25日アクセス)
と報じました。
 恐らくこれくらいだけでお茶を濁すことになるでしょう。
 この「防衛会議」なるものは、私が防衛省(庁)にいた時からある「参事官会議」と、メンバー的には副大臣(昔は政務次官)と情報本部長が入るくらいが目新しいだけで、羊頭狗肉もいいところです。
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太田述正コラム#2519(2008.4.30)
<オバマ大頭領誕生へ?(続x7)(その2)>
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