太田述正コラム#2536(2008.5.9)
<皆さんとディスカッション(続x133)>
<大学生>
≫もっともっと皆さんに知って欲しいのが、八面六臂の活躍をしている三村伸吾青森県知事≪(太田。コラム#2534)
とありますが、彼を評価する理由があれば教えて頂けますか?
 と言うのも、僕は実家が青森でして県政には大きな不満を持っている一人です。
 医療や産業の衰退は目に余るものがあり、青森が良くなっているとはとても思えません。
<太田>
>医療や産業の衰退は目に余るものがあり
 とおっしゃるが、青森県の近隣の秋田県や岩手県、それに北海道等と具体的なデータで比較して、なおかつそう言えるのですか?
 木村前知事の頃はいかがでしたか?
 かねてから、三村氏の謙虚で明るい人柄や、青森県産品の売り込みにかける情熱を知っているだけに、引用した記事を読み、農業と観光、しかも海外からの観光の振興に、先頭に立って尽力している彼の姿に我が意を得たように思い、コラムで言及した次第です。
<読者WK>
 たかじんご出演以来、ブログを拝見させて頂いて、その後、2007年11月に有料会員に申し込ませて頂きました。
 それまでは、なんとなくテレビの政治番組に興味を持って見ておりましたが、太田様のメルマガを読むようになって以来、難しいところもいっぱいなのですが、大変興味深く、不勉強な歴史についてもいろいろ勉強させて頂いております。
 お体に気をつけて、政権交代にむけて頑張ってください。
<太田>
 「たかじん」をご覧になって有料購読を始めた方々のうち、どれだけが継続していただけるか、心配しています。
 コラムで分かりにくいところがあったら、遠慮なくご質問をお寄せください。
 
<読者MN>
 久方ぶりにメールいたします。
 いつも勉強させていただいております。
 私事ですがGW末に風邪を引いてしまい、慰みに本棚から取り出した本で面白い類推がありましたのでお便りした次第です。
 早速引用から参ります。
『ともかく、名の通ったいい料理屋へ行くときには何よりもまず、
「腹をすかして行く・・・・・・」
ということが大事だし、それが料理屋に対しても礼儀なんだよ。
 どうしても腹がすかないで、おつき合いで行って食べられそうもないという場合は、むしろ手をつけないほうがいいんだよ。
 仲居に、
「あと、何が出るの?」
 と、聞いてもいいんだな。で、仲居が何と何ですと教えてくれるから、
「それならぼくは、あとのそれを食べるから、いまちょっとおなかいっぱいだから、これは結構です」
 と言って、手をつけずに最後きれいなまま下げてもらう。そうしたら、せっかくのものが無駄にならないでしょう。
だれが食べたっていいわけだから。』
(池波正太郎『男の作法』p82-83)
(池波氏は文化人でグルメだが、江戸っ子で、貴族じゃあありませんよね。彼の同書での池田大作評が笑えますから文末に引いときます)
このくだりを読んで思い出したのが、以下のニュースでした
http://www.asahi.com/national/update/0508/OSK200805070092.html
 記事によれば、船場吉兆社長の「手つかずの料理は食べ残しとは違う」というコメントは強弁 なんだそうです。
 朝日って偉いんですねぇ。
 個人的には、ものを食べて「やばい」かどうかは自分で判断するべきもので、そのために「食べてはいけない野草百科」なんかがあると思っています。
 なんぼ高級だか知らないが、一私企業に過ぎぬ船場吉兆の偽装をことさらにとりあげて何が楽しいんでしょうか。
 金持ちが行く料亭でまがいものが出ていたなら、庶民は溜飲を下げるのでしょうか・・・。
 いまや金持ちのおかげでもってる料亭なんて極僅か、「高級」料亭は「観光客」という名の庶民の財布で持っているというのに。 (典拠省略。実体験に基づきます)
 片手でグルメブームを煽りながら、もう片方でその偽装をあげつらう、もうお腹一杯。
 そういえば、消費者庁、ができるんでしたっけね。あー援護射撃ね。長げーよ。
 「商品」や「サービス」に関して「有識者」に勝手に定義が決められ法律で規制されるのはものを食べて「やばい」かどうか判断するという人間の本能を奪ったりさえするんじゃないか、
という類推でした。
 先生は大食漢でいらっしゃいますでしょう。池波氏の、「腹をすかして行く・・・・・・」のくだりなんて、ぴったりだと思って!
 ちなみに僕の座右の銘の一つに、「空腹は最大の調味料である」というのがあります。 先生は、いかがですか?結構味にはうるさかったり??
MN 拝
『やたらに東京のうどんをこきおろす大阪の人は、本当の大阪の人じゃないんだよね。たいていお父さんが播州赤穂とか備前岡山なんだよ。そういうところから大阪に来て、自分は浪花っ子になったつもりでやるんだよ。東京の何はよくない、大阪のほうがずっといいとかね。
 (中略)
 だから、東京の味が濃いというのは、東京というのは忙しい都会だからね、江戸時代から。現に、君のような信州飯田出身の天才だって東京へ戻れば、飯も食べるひまもないぐらいに電話にかじりついているわけでしょう。こういう 人はやっぱり、お湯みたいなおつゆを飲んだって何かピンとこない。そうじゃない?
 本当の浪花っ子でない、外から入って来た人がかえって浪花っ子ぶるのと同じでね、池田大作がしきりに対談や座談会なんかで、「私は江戸っ子ですから・・・・・・」と、言うだろう。本当から言えば大森海岸の江戸っ子なんてありゃしない。だから、ああいうのを「場違い」と言うんですよ。』
(池波正太郎『男の作法』p52-53)
<太田>
 こちらこそ、お久しぶりです。
 まず、船場吉兆の話から始めますか。
 何事によらず、この種の不祥事についての第一報は、氷山の一角が露見しただけだと思った方が安全ですよ。
 今回も、「佐知子社長<が>・・・「手つかずの料理を食べ残しと表現するのはニュアンスが違うと思う」と釈明した」のはウソであることがすぐ判明しました。
 「博多店では客が残した刺し身を厨房で従業員が回収。違う器に盛り直し、別の客に出していたという。はしを付けたわさびも回収後にしょうゆと混ぜ、別の料理の調味料として使っていた。大阪の本店と同様に、アユの塩焼きや刺し身のツマも使い回していたという。」(
http://www.nikkei.co.jp/sp2/nt217/20080507AS1G0704L07052008.html
。5月9日アクセス。以下同じ)
 要するに、「食べ残し」も含めて使い回していたわけです。
 次に池田大作氏の話ですぐ思い出したのは、彼の昨日の胡錦涛中共首席との面談です。
 胡錦涛訪日関係のニュースだらけの9日付人民日報の日本語電子版ですら、全く言及されていないこの出来事を、讀賣新聞電子版が事実だけ報じた(
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080508-OYT1T00714.htm
)のは許されるとして、産経新聞電子版が、この面談に至った背景(
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080508/plc0805082158017-n1.htm
)、及び二人のやりとりの詳細(
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080508/plc0805081927016-n1.htm
)に加えて池田大作氏が胡錦涛に贈呈した、胡錦涛を称える漢詩の原文と和訳(
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080508/plc0805082204018-n1.htm
)まで披露するに至っては、産経新聞は、創価学会に借りでもあるのか、と勘ぐりたくなります。
 池田氏も、一体何を考えているのでしょうか。
 中共では、国家統制に服す既存宗教・宗派だけが認めらており、信教の自由は存在しません。創価学会も禁じられていると承知しています。
 他の宗派・宗教をすべて邪教とみなしている創価学会の名誉会長である池田氏に、胡錦涛に対して信教の自由を要求せよ、あるいはチベット仏教の弾圧停止を求めよ、とは言わないけれど、せめて創価学会の布教活動を認めよという要求くらいはしても不思議ではないところ、ゴマスリ漢詩を贈呈し、ゴマスリ発言に終始したというのですから、呆れるほかありません。
 もちろんそんな池田氏だからこそ、胡錦涛も声をかけたわけです。
 ついでに言えば、早稲田「大での中国国家主席の講演は98年の江沢民氏に続き2度目。大学に加え、外務省や日中友好団体などが主催した。大学によると、これらの団体に席を分配したため、全席約900のうち早大生、他大学生の分はそれぞれ200席ほど。一般募集はなく、中国関係のゼミ生など、あらかじめ決められていた」(
http://www.asahi.com/international/update/0508/TKY200805080294.html
)らしく、質疑応答が行われたという報道もない上、早大は愛ちゃんらとのピンポン外交の舞台も提供したというのですから、同大学は、高等教育研究機関というより、まるで貸座敷業を営んでいる営利企業みたいですね。福田首相や河野衆議院議長といった有力OBも顔見せをしたので、同大学のPRにはなったかもしれませんが・・。
 中共全土でこの講演をTV中継した(
http://www.asahi.com/international/update/0508/TKY200805080269.html
)ので、中共側としては、中共の視聴者に見せたくない事態が起きるのを絶対に避けたかったのでしょうが、それなら、国会での講演をセットすればよかったのです。
 話は変わりますが、先の大戦についての米英で話題沸騰の新著をめぐるベーカー(Nicholson Baker)(コラム#2410、2412、2463、2465、2507(これだけ未公開))のインタビューを
http://www.guardian.co.uk/arts/audio/2008/may/08/nicholson.baker.lindesay.irvine
で今朝聞きました。
 ベーカーが、第一次世界大戦の前から始まるこの新著を、日本の対米開戦までで終えていることの手がかりが彼の発言の中にありました。
 日本が参戦すれば、この大戦はグローバル(universal)なものとなり、文明そのものが炎に包まれてしまうだろう、という誰かの文章を引いた上で、ベーカーは、オーストリア生まれの作家ステファン・ツバイクが、ナチスドイツから逃れて亡命していたブラジルで日本の参戦を知り、この大戦の太平洋への拡大は破滅的なことだと記したと述べているのです。
 このインタビューの内容は、聞き手が英国人であることもあって、欧州の話ばかりなのですが、ベーカーにこの新著の執筆を促したものは、先の大戦に日本を引きずり込むという、米英が行った蛮行への怒りであったことを、私は確信できたように思うのです。
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太田述正コラム#2537(2008.5.9)
<韓国の親日ぶりチェック(その2)>
→非公開