太田述正コラム#2514(2008.4.28)
<チベット騒擾(続x8)>(2008.6.1公開))
1 始めに
 欧米諸国の、チベット騒擾やメディアの五輪聖火リレーについての報道ぶりを見ていると、どこの国でも反中共的傾向がはっきりと読み取れます。日本でも韓国でもそうです。
 これは、中共の広報戦略が親チベット・グループの広報戦略に敗北したことを意味します。
 つまり、大国がNGOに敗北したわけです。
 どうしてそんなことになったのか、考えてみましょう。
2 中共の対外向け広報戦略策定能力の不足
 1993年に中共が五輪招致に失敗した時、中共は米国のInterpublic Groupに属するWeber Shandwickという広告会社に招致戦略の策定を依頼しました。
 その結果、「中共に開催権を与えれば、中共は様々な面で改善されることだろう」と国際五輪委員会に訴えることになったのです。
 これが、中共の人権面での改善を含むと受け止められたのは当然です。
 こうして中共は五輪招致に成功したわけです。
 ところが、その後、人権面での改善が殆ど見られない、いやむしろ後退気味であったことが、今回の広報戦略での敗北の伏線となるのです。
 ちなみに、現在中共は五輪関係の広報を英国のWPP Groupに属するHill & Knowltonという広告会社に委嘱していますが、この会社が担当しているのは五輪実施面での広報だけであり、このことが、チベット問題が先鋭化した後、中共が不適切な対応をとる原因になりました。
 要するに中共は、経済大国にはなったものの、自前で欧米向けの広報戦略を策定する能力がまだ不足している、というのが実状なのです。
 
3 巧妙な親チベット・グループの広報戦略
 今回のチベット騒擾や聖火リレーにからめた反中運動の中核を担ったのは、1994年にニューヨークでチベット人と学生達によって結成された、自由チベットのための学生連合(Students for a Free Tibet =SFT) ですが、現在は世界35カ国に650支部を擁するとは言っても、規模も資金も大したものではありません。
 そこで、彼らは徹底的にメディアを利用する戦略をとってきたのです。
 2ヶ月に一度、メンバーは集会を開き、メディアが取り上げそうな文句をひねり出したり質問にうまく答えたり、といったメディア対策の訓練を行ってきました。また、年に4回、メディアに取り上げられやすい示威行動を行うべく、抗議行動の組織方法や警察との折衝方法、更には懸垂下降(rapelling)やゲリラ的寸劇の訓練を行ってきました。
 また、ブログやウエッブサイトを中共政府よりはるかに巧妙に活用してきました。
4 反中に転じていた自由民主主義諸国
 欧米には、黄禍論の「伝統」がありますし、旧ソ連とともに中共が冷戦の相手であった時の記憶も残っています。
 にもかかわらず、冷戦の終焉に引き続く、中共の経済発展と中共との経済関係の深まりから、ここ5年間、欧米と中共は蜜月関係にありました。対テロ戦争への協力や6カ国協議の主宰等の中共の外交活動も評価されていました。
 ところが、6ヶ月前くらいから、米国発の先進国経済の停滞とダルフール問題、更には中共の国防費増額や外洋海軍化や衛星破壊等を契機として、欧米において古の反中潜在意識が呼び覚まされ、対中共感情が悪化してきていたのです。
 そこへチベット騒擾が起こり、一挙に欧州で中共は最も嫌われる国に、そして米国では中共はイランとイラクに続いて嫌われる国になってしまいました。
 親チベット・グループの優れた広報戦略が、時の利を得て大成功を収めた、ということです。
5 やぶ蛇だった中共のナショナリズム発揚戦略
 チベット騒擾が始まって、欧米諸国からの中共バッシングに直面した中共政府が急遽採用した広報戦略は、3年前に日本に対して発動して懲りたはずのナショナリズム発揚戦略でした。
 これは、いかに中共が狼狽したか、そしていかに中共の欧米向けの広報戦略策定能力が不足しているかを示して余りあるものがあります。
 すなわち中共政府は、欧米のメディアを攻撃するインターネットへの書き込みやブログを黙認、奨励するとともに、国営メディアで欧米諸国の対中偏見を指摘する報道を流したのです。
 その中でも最大の攻撃対象とされたのは米CNNです。
 チベット騒擾に際し、支那人や支那人の商店を襲うチベット人暴徒の姿より中共の軍事車両の方を放映したとの非難から始まり、キャスターによる中共誹謗発言への非難へと続いて現在に至っています。
 今回のナショナリズム発揚戦略が前回の日本に対するものと異なる点は、海外在留の中共留学生達に梃子入れして、各在留先で、中共支持活動をネット上や街頭で行わせたことです。
 しかし、この応急的広報戦略は、ことごとく裏目に出て、むしろ欧米諸国や(輸入食品問題で中共への反発が高まっている)日本、更には(中共の脱北者送還政策等への反発が高まっている)韓国等自由民主主義諸国における対中イメージは一層悪化してしまいました。
 中共政府自身、前回日本をターゲットにした時の苦い経験にも鑑み、既にナショナリズムを沈静化するための措置を取り始めています。
 放置しておくと、中共国内でも欧米系の事業所や在外公館を暴徒が襲ったり、更にはその矛先が中共政府に向かったりする恐れがあるからです。
 (以上、
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2008/04/18/2003409546
 (ニューヨークタイムス記事の転載。4月18日アクセス)、
http://newsweek.washingtonpost.com/postglobal/pomfretschina/2008/04/china_bashing_its_back.html#more
(4月19日アクセス)、
http://www.guardian.co.uk/world/2008/apr/20/china.chinathemedia  
(4月20日アクセス)、
http://en.wikipedia.org/wiki/Students_for_a_Free_Tibet
(4月28日アクセス)による。)
6 終わりに
 なぜウィグル人は、チベット人のように、中共政府相手にうまく立ち回れないのでしょうか。
 (新疆ウィグルの状況は、
http://www.csmonitor.com/2008/0428/p01s01-woap.html
(4月28日アクセス)に詳しい。)
 やはりウィグル人が、自由チベットのための学生連合のような組織を欧米でつくることができなかったのが決定的なのではないでしょうか。
 前にも述べたことですが、これは、チベット仏教に比べてイスラム教に「魅力」が乏しいこと、ダライラマに相当するような、ウィグル人を代表する人物がいないこと、に帰着すると思うのです。