太田述正コラム#3387(2009.7.10)
<新疆ウイグル自治区での騒乱(続)(その2)>(2009.8.10公開)
4 in depth analysis
 「・・・シンガポールのナンヤン工科大学の政治暴力とテロリズム研究センター(International Center for Political Violence and Terrorism Research at Nanyang Technological University)の教授で所長のロハン・グナラトナ(Rohan Gunaratna)<の見解は次のとおり。>・・・
 アルカイダと連携しているウイグル分離主義集団である東トルキスタン・イスラム運動(Eastern Turkistan Islamic Movement=ETIM)は、憎しみをかきたて暴力を煽っている。
 ETIMの本部はアフガニスタンとの国境地帯のパキスタンのワジリスタン(Waziristan)にあり、北京オリンピック直前に中共の新疆等で一連の爆弾騒ぎを起こした。
 アルカイダから訓練、武器、カネ、そしてイデオロギーを提供され、ETIMのメンバーは現在、パキスタンの部族地域とアフガニスタン双方で<米軍等と>戦っている。
 アルカイダによって訓練されたETIMは、アフガニスタンにおける多国籍軍にとっても、また中共にとっても大きな脅威になりつつある。
 アルカイダのイデオローグ達は、既存の超大国である米国の軍隊を敗北させた後、その次のイスラムにとっての敵は、複数の頭を持つ龍、すなわち超大国になりつつある中共である、と主張してきた。
 ETIMに加えて、米国、カナダ、欧州におけるウイグル分離主義集団は、中共のウイグル人社会を過激化しつつある。
 これらのグループのうちのいくつかは、<米軍によってキューバの>グアンタナモ湾<の米軍基地>で拘留されているウイグル人の釈放を求めている。・・・
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 ワシントン大学の人類学者のステヴァン・ハレル(Stevan Harrell)<の見解は次のとおり。>・・・
 <新疆ウイグル地区の>地域経済を開発すべく当局が財政的支援を注入してきたことは、ウィグル人の・・・感情を変えてはいない。
 英国の支配の下で物質的には繁栄したけれどその支配を脱しようと思い焦がれていたケニアのキクユ人やインドのベンガル人と同じように、中共での少数民族の生活水準の上昇は、彼等の被占領民としての感覚を減衰させることはなかった。・・・
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 四川省出身で米国に1985年から住み、1992年からはニューヨーク市立大学の政治学教授をやっているヤン・スン(Yan Sun)<の見解は次のとおり。>・・・
 <四川省にいる私の親戚達は、かつて新疆ウイグル地区に住んでおり、今でもウイグル人達とのつきあいがある上、四川省の>イスラム教徒ともずっと友好関係にあるがゆえに、彼等は死者を出すような暴動が起きるほど深刻な<今回の>対立についてよくよく考えざるをえない。
 もっとも、彼等は自分達の経験に照らすと、外国からの影響を感じると主張する。
 つまり、非公式モスク群に対してカネが流れてきていて、そこでムラー達が、爆発物や爆弾をつくる「テロ集団」や街頭で問題を引き起こしているイスラム教徒の寧日ない若者達に偏った考え方を吹き込んでいるというのだ。
 また、彼等には、ウイグル分離主義勢力がチベット人亡命者達の戦術を模倣しているように見える。
 つまり、宗教的自由、文化的・言語的伝統維持、民族的平等、あるいは地域自治といった欧米人の気持ちをくすぐる言葉で諸問題を叙述しているというのだ。
 たまらず私が、これらの地域に問題はないというのか、と問い返すと、私の親戚達は、国家政策は既に地方の諸民族にとって有利な形になっている、という見解を異口同音に口にする。
 宗教の自由?
 私の親戚達は、国家による<宗教>規制は理由があると言う。
 18歳未満はモスクに行ってはならないというのは、まともな判断ができるほど成熟していないんだからだし、役人がモスクに行ってはならない<のは、役人は宗教に関して中立でなければならないからだ(?。太田)>
 国は毎週、(ウイグル人たる)役人を連絡官としてモスクに派遣するが、これにも理由がある。
 国がモスクの建設費とムラー達の給与の一部を補助しているからだ。
 どうして補助なんかするんだ?
 さもないと外国の宗教勢力が資金を提供するからだ。
 外国が資金を出したマドラッサがパキスタン西部でどのように一杯できて広まって行ったかについて熟知している私にしてみると、この点について判断を下すことは困難だ。
 漢語を学校での教育にあたって強制していることについては?
 この話は私の<四川省の>親戚達にとっては初耳だった。
 彼等は、ウイグル人の同世代とは分離された学校に通って大きくなった。それぞれの学校では教育に別の言葉が使われていた。
 もっとも、<当時から>ウイグル人の中には、キャリア上有利であると考え、漢人の学校に通う者もいた。
 2005年になって、ようやく2言語による教育が新疆の公立学校で導入された。
 <新疆の>工科大学では教育に漢語が使われている。<ウイグル語で書かれた教科書や参考文献がほとんどないからだ。>
 他方、少数民族のための大学では、その民族の言語が教育に用いられている。
 私の親戚達は、2言語による教育は、強制的同化政策というよりは、近代部門における仕事は新疆内外の漢人との交流を伴うことから、就職において役に立つ技能を身につけさせるものだと思うと述べた。
 <私には新疆にも従兄弟達がいるが、彼等は、>ウイグル人とウイグル語で日常会話程度は十分交わすことができる。
 彼等は、自分達が漢人というよりはウイグル人のような生活をしていると言う。豚よりも羊を食べる方が好きだというのだ。
 市場経済下において、漢人とイスラム教徒たるウイグル人との拡大した所得格差については?
 私の親戚達は、教育、成功(achievement)、そして人生に対する姿勢の違いに言及する。
 こういうことを言われ始めると、何と言うか「人種差別的」なにおいがする。
 すなわち、遊牧民の伝統というのは、子供達を学校に送るよりはほっつき歩かせ太陽浴をさせる、彼等は漢人のように、職業的かつ物質的な目標追求とか、仕事熱心とかこの世の中のために長期的計画をたてるといったことより精神世界における満足を選ぶ、等々。
 こういった対照は、欧米の社会科学で私が学んだものだ。
 すなわち、前近代的に対するに近代的諸価値、宗教的に対するに世俗的諸文化、あるいは業績(achievement)的に対するに非業績的倫理。
 だから、ここでも私は判断を下すことは困難であり、ただ、漢人に対し、我々の民族的兄弟<たるウイグル人等>のように、もう少しくつろいで人生を楽しんだらいかが、ということくらいしか言えない。
 漢人が自分達のプレゼンスを次第に高めることによってウイグル人をしてその生誕の地において窮屈な思いをさせていることについては? これは占領ないしは植民地主義じゃないのか?
 これには私の親戚達は大抵はショックを受けた様子だった。
 一人の叔母・・彼女は大学教授であり新疆南部のホータン(Khotan)で30年過ごした人物だが・・は、新疆が、漢王朝の時の紀元前200年代に支那の支配下に入り、満州王朝が支那支配を1770年代に最終的に確立するまで支那の支配下に入ったり出たりした、という歴史の授業をしてくれた。
 要するに、支那の内部が弱くてその支配者達が他のことで大わらわであった時には新疆もほっておかれたというわけだ。
 しかし、歴代の支配者達は、いつも<新疆に>支配を再び及ぼし、そこに<支那の>主権を及ぼしたというのだ。
 かつてチベット地区に住んでいたもう一人の叔母は、支那民族は何千年にもわたって異なった民族集団の坩堝であったと形容した。
 また、四川省に移住してきた我々の先祖に言及しつつ、私の母親は、彼女の祖母が白い肌と黄色い髪をしており、恐らくは支那西部のトルコ系出身ではないかという思い出話をした。
 少数民族居住地区に対する政府の政策で民族間紛争を増大させた原因になったものはないのか?
 驚くべきことに、(あるいは米国の少数民族政策に詳しい人にとっては大して驚くべきことではないが、)私の親戚達の何人かは、少数民族のための民族的アイデンティティーを高めることを助けるとともに特権を与える、優遇政策に問題があると指摘した。
 品行が悪かったり犯罪を犯したりするウイグル人は寛大に扱われると彼等は言う。
 雇用に関しては、公的部門における採用や昇任において、ウイグル人はより適格である(ように見える)漢人の候補者よりも優先されるというのだ。
 大学入学や人口政策における「逆差別」も漢人が不満を抱く分野だ。
 漢人は一人しか子供を持てないのに、ウイグル人は3人で打ち止めにすると名誉と金銭の報酬を受ける上に毎年ボーナスがもらえる。
 正当かどうかはともかくとして、この種の不平を投げかけられると、漢人としては、ウイグル人の苦衷を理解することが<ますます>困難になる、というわけだ。
 世界ウイグル会議とその亡命者たる指導者のレビヤ・ラディーアが今次暴動の黒幕だと思うか?
 新疆出身の私の年長の親戚達は、1930年代と冷戦時代におけるソ連のウイグル分離主義の煽動を思い起こす。
 だから彼等は、世界ウイグル会議だかカディーアだか知らないが、外国からの支援があったとしても驚かないと言う。
 年少の親戚達は、米国を名指しする。
 米国そのものというよりは、中共当局が行うあらゆることに対する米国の心配と中共当局が反対するあらゆる集団に寄せる米国の同情とが体よく利用されることについてだ。
 親戚達は、中共内で暴動を起こさせることによって、亡命者集団は生き延び繁栄することができるというのが彼等の眼目なのだ、と主張する。
 だから、亡命者集団は、これからもこの種の暴動を起こさせようと図り続けるだろうというのだ。」
http://roomfordebate.blogs.nytimes.com/2009/07/08/what-should-china-do-about-the-uighurs/?pagemode=print
5 終わりに
 どうやら、中共当局は、日本帝国の台湾、朝鮮半島、関東州、満州等の統治を深く研究し、それを彼等なりに更に改善してチベットや新疆におけるチベット人やウイグル人統治に応用して来たようですね。
 もちろん、中共は非自由民主主義国であり、自由民主主義的な国であった日本帝国とは違います。チベットや新疆の統治にあたって、自由民主主義的土壌の涵養など全くといってよいほどやっていないでしょう。
 だからと言って、中共の少数民族支配を、場合によっては事実を歪曲までして一方的に悪と決めつけるようなことは慎むべきでしょう。
 そもそも、日本帝国と台湾、朝鮮半島との関わりの歴史に比べれば、チベット人とウイグル人とでは関わりの歴史の長さにおいて差があるとはいえ、漢人と彼等の関わりの歴史ははるかに長く深いわけです。
 それに、日本帝国にとっての台湾、朝鮮半島等の住民とは違って、チベット人やウイグル人は特定の宗教の影響を強く受けている人々であり、それだけ彼等を統治することも近代化させることも容易ではないことも考慮すべきでしょう。
 ウイグル人の間に原理主義的イスラム教が広まる懼れについても、当然考慮すべきです。
 日本人は、韓国人が日本の朝鮮半島支配を全面否定すると腹立たしい思いがするでしょう。
 日本だって植民地支配でいいこともたくさんやったと言いたいでしょう。
 ウイグル人が漢人の新疆ウイグル地区支配を全面否定したら、漢人がどんな思いがするか、想像力を働かせるべきです。
 いや、日本の朝鮮半島支配等を全面否定したくないのなら、我々は想像力を働かせる必要があるのです。
 このことと、中共の非自由民主主義性を非難することとは切り離すべきだ、というのが私の見解です。 
(完)