太田述正コラム#3186(2009.3.31)
<英諜報機関の100周年(その2)>(2009.9.10公開)
 (3)スパイの送り合い
 「・・・英国(ともちろん米国)の諜報諸機関は、何十年にもわたってソ連の「モール(mole=高級スパイ)」によって浸透され害されていた。彼らは、ケンブリッジとかオックスフォードといった英国の最高の諸大学を卒業してこれら諸機関に入ってきた人々だった。・・・
 (英国の上級対諜報官吏であり長期にわたるソ連のスパイであった)キム・フィルビー(Kim Philby)や、欧米の選りすぐりの核兵器の秘密をソ連に渡していた核科学者のクラウス・フュックス(Klaus Fuchs)、アラン・ヌン・メイ(Alan Nunn May)とブルーノ・ポンテコルヴォ(Bruno Pontecorvo)が、恐らく一番の大物達だろう。
 著者は、これらの大逆罪の事例を情熱を込め、かつ見事に叙述し、英国の諜報諸機関の長の幾人かの「優雅なる孤立(splendid isolation)」と彼らが単純な諸事実の突き合わせと検証を怠ったことが、MI5とMI6内部の大災害をもたらし、英国と米国の諜報機関相互の長期にわたる信頼関係の低下をもたらしたことについて警告を発している。
 これらのMI5とMI6内部の共産主義者たるスパイ達の動機は、主としてイデオロギー的なものだったが、CIAとFBIは、エームス(Ames)やハンセン(Hansen)といった裏切り者達の単純な「商業的」動機によって更に大きな損失を被った。
 カネに対する強欲だけが彼らが自分達の機関と国家を裏切る理由だった。
 オルドリッチ・「リック」・エームズ(Aldrich “Rick” Ames)は、1980年代に、KGBから約270万ドルもらってソ連内の米国のスパイ網を破壊し、CIAの多数のロシア人工作員の死を招いた。
 逮捕された時、彼は嘲けるような微笑みを浮かべて、「米国のスパイ工作において、人間のスパイは大して機能していなかった」と言ってのけたものだ。
 他方、英国のMI6は、彼らのソ連国内のトップ・スパイのオレグ・ゴルディエフスキー(Oleg Gordievski)によって大きな成功を収めることができた。
 彼の1985年の、外交官車を使った、フィンランドへのソ連からの大胆な情報の持ち出しは、英国の諜報機関のすごさを証明した。・・・
 
 (4)失敗
 MI5とMI6は、テロリズムというものを、IRAのような地域的問題か、または共産主義的なものの系列であると見ていたが、そうこうしているうちに、アルカーイダのような全地球的な怪物が出現してしまった。その主たるイデオロギーは過激なイスラム教ないしイスラム主義だった。・・・
 ・・・ロシアと中共、更には欧米諸国の同盟国であるイスラエルが、プロ的なサイバーアタック手法を開発し、実施に移した。
 それは1980年代の初期において、強力な追跡(tracking)ソフトウェア・システムであるPROMISの盗難によって始まった。
 このシステムは、NSAの元専門家のウィリアム・L・ハミルトンによって発明され、彼のワシントンを拠点とした小さなインスロー(Inslaw)株式会社によって生産されていたものだ。
 モサドの元機関員のアリ・ベン・メナシュ(Ari Ben Menashe)は、著者の引用によれば、「PROMISは全諜報世界のものの考え方を変えた」のだ。
 チャールス・フォスター・バス(Charles Foster Bass)は更に、「まるでできのよいスパイ小説のように、中共のスパイ達が米国の4つの兵器研究所に侵入し7つの核弾頭の重要な設計情報を盗んだ」と付け加えた。
 それの上を行ったのは、米国人でイスラエルのスパイであったジョナサン・ポラード(Jonathan Pollard)・・まだ米国の最も警備の厳しい牢獄に収容されている・・だけだ。
 ポラードは、米国の秘文書を360立方フィートもイスラエルに横流しし、幾ばくかはロシアにも売った。・・・
 (<口直しに逆のケースを一つ。>イランの諜報機関VEVAKの上級幹部のアリ・レザ・アスガリ(Ali Reza Asgari)・・コードネーム「ファルコン」・・は、英国の諜報機関にイランの核計画の存在を教え、トルコとブルガリア経由で英国に関連情報を成功裏に持ち出した。
 彼の動機は個人的なものであり、恐らくはやはりカネ目的でもあったろう。しかし、彼の欧米への功績は大変なものだった。・・・」
http://oraclesyndicate.twoday.net/stories/5604129/
 (5)今後の課題
 「著者は、これからのより大きな課題は、英国のMI5及びMI6が、米国のCIA及びNSAとの「特殊関係」を犠牲にすることなく、他のEU加盟国の25の諜報諸機関と完全な協力態勢を構築することだ、と指摘する。
 <また、>「世界的テロリズムを敗北させたいのなら、英国、欧州及び米国の諜報諸機関が・・・9.11同時多発テロ以前の<情報>配布リストには絶対に載ることがなかった諸機関と、もっと気前よく秘密<情報>を共有することだ」とトーマスは記している。・・・」
http://www.latimes.com/features/books/la-et-rutten25-2009mar25,0,3415049,print.story上掲
3 終わりに
 いつも、諜報機関の話を紹介しているときに感じるむなしさは、日本がこの世界から全く蚊帳の外に置かれて、というか蚊帳の外に自ら置いて半世紀以上が過ぎてしまったということから来るものです。
 日本が米国からの「独立」を決意すれば、当然、諜報機関を復活させるだろうとは思いつつも、これだけ長い期間の空白を果たして埋めることができるのか、と絶望的な思いにかられてしまうのです。
 ちなみに、MI5とMI6というのは、かつての正式名称、Military Intelligence section 5とMilitary Intelligence section 6を略したものであり、現在の正式名称は、Security Service(SS)とSecret Intelligence Service(SIS)です。
 MI5の長には、これまで女性が2人就いています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E6%83%85%E5%A0%B1%E5%B1%80%E4%BF%9D%E5%AE%89%E9%83%A8
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E6%83%85%E5%A0%B1%E5%B1%80%E7%A7%98%E5%AF%86%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%83%A8
(完)