太田述正コラム#3638(2009.11.10)
<日進月歩の人間科学(続x9)>(2009.12.16公開)
1 始めに
 鬱の効用について論じた記事が、全く別のソースを用いて二つのサイトに出ていました。
 さっそくご紹介したいと思います。
2 米ニューズウィークの記事
 「<米国における最新の種々の研究が明らかにしたことは、以下のとおりだ。>・・・
 鬱は、種としての人間一般において、そして個々人において、厳として存在するが、それには目的があり、鬱をなくそうなどとすることは火傷のもとなのだ。
 進化の観点からは、鬱は「適応」なのだというのだ。
 つまり、鬱を経験した個々人が、自然淘汰の下で、鬱を経験しなかった個々人に比べてより有利であったからこそ、鬱が進化で登場したということなのだ。・・・
 
  脳の中の分子に5HT1A受容器と呼ばれるものがある。
 この受容器は、神経科学物質であるセロトニンがドック入りする港の役割を果たしている。
 そして、この受容器は、プロザック(Prozac)、ゾロフト(Zoloft)、パクシル(Paxil)級の抗うつ剤の標的となる。
 人間の脳だけが5HT1A受容器を持っているわけではない。
 ネズミも持っている。
 ここが一番興味深いところなのだが、ネズミのものは、人間のと99%同じなのだ。
 ということは、ネズミと人間の共通の先祖からの進化・・・において、自然淘汰がこの受容器には関わろうとしなかったことを示唆している。
 この放っておかれた歴史は、一定の特性の機能が極めて重要なので、それに進化的に手を付けることが良いことよりもより多くの悪いことをもたらしかねなかったからこそ起こったのではないかと考えられるのだ。・・・
 鬱は、有益な形に思考とふるまいを改変する。・・・
 ・・・むつかしい数学の問題を解こうとする時に、鬱であると思った人々は、より幸福だと思った人々よりも高い点数をとる傾向がある。・・・
 鬱は、そうなった人々に孤独を求めさせ、セックス、食事、あるいは人生それ自体から愉悦を引き出すことを控えさせる傾向がある。
 しかし、鬱は適応的でもありそうだ。
 というのは、<鬱がもたらす>これらのふるまいは、集中した慎重な思考を育むところ、<慎重な思考によって、>その鬱の引き金となった問題そのものが解決されるかもしれないからだ。
 その証拠だが、2006年の研究で、鬱で苦しんでいる人々に文章を書かせると、それは表情豊かなものになり、それによって彼等の抱えている諸問題に否応なしに集中することとなる結果、そうしなかった他者に比べて鬱が早く解消する傾向があった。
 2008年の研究でも同じ結論が得られた。・・・
 <以上からすると、>「療法としては、鬱を止めることを試みるのではなく、鬱を反芻させることを試みるべきであり、鬱の発作の引き金となった諸問題を解決すべく人々を助けることを試みることに集中すべきだ」<ということになる。>・・・」
http://www.newsweek.com/id/220858
(11月4日アクセス)
3 英BBCの記事
 「オーストラリアの・・・ニュー・サウス・ウェールズ大学の研究者達<が、以下のことを明らかにした。>・・・
 不機嫌(grumpy)であることは、我々の考えをより明晰にする。・・・
 ・・・惨めな人々は意思決定がよりよくできてよりだまされにくい・・・
 快活であることは創造性を育むのに対し、陰鬱であることは気配りと注意深い思考を増進させる・・・
 悪い気分の人は楽しい気分の人よりも高い業績をあげた。
 彼等は間違いが少なかったし話の仕方も上手だった。・・・
 「積極的な気分は、創造性、柔軟性、協力、並びに直感への依存を増進させるのに対し、消極的な気分は、より気配り、注意深い思考を行わしめ、外の世界に対し、より大きな気配りをさせる。」・・・
 「あまりひどくない消極的な気分は、より具体的にして順応的な、そして究極的にはより成功に結びつくような話し方を現実に増進させる。」・・・
 ・・・天気も同じような影響を我々に与える。
 ジメジメしたわびしい日は、記憶力を研ぎ澄まさせるが、まばゆいばかりに良い天気の日は、人々に物忘れをさせてしまう。」
http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/8339647.stm
(11月4日アクセス)
4 終わりに
 酔生夢死で一生を終える人を羨まず、苦しむ自分をありがたく思い、その苦しみを直視し、苦しみの原因の解明を図るとともに、仕事に取り組め。
 そうすれば酔生夢死で一生を終える人に比べて、より生産性の高い人生を送ることができるだろう、ということのようですね。
 しかし、鬱だけだと創造性、直感力が発揮されないようですから、芸術や科学の面で、傑出した業績を残そうと思ったら、躁の時期もあった方がよさそうですね。
 ということは、躁鬱病の人が、最も歴史に残るような業績を上げる可能性が高い、ということになるのでしょうか。