太田述正コラム#3704(2009.12.13)
<米仏「同盟」(その1)>(2010.4.25公開)
1 始めに
 米独立革命の際の米仏「同盟」についての、面白い本が出ました。
 ジョエル・リチャード・ポール(Joel Richard Paul)による ‘UNLIKELY ALLIES How a Merchant, a Playwright, and a Spy Saved the American Revolution’ です。
 書評等に拠って、その概要をご紹介しましょう。
A:http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/12/10/AR2009121004199_pf.html
(12月12日アクセス。以下同じ)
B:http://featuresblogs.chicagotribune.com/printers-row/2009/11/review-unlikely-allies-joel-richard-paul.html
C:http://www.goodreads.com/book/show/6540151-unlikely-allies
D:http://www.bookpage.com/books-10012451-Unlikely-Allies
E:http://www.marinij.com/ci_13854262?source=most_emailed
(以上、書評)
F:http://www.courant.com/features/books/hc-qa1213.artdec13,0,6646996,print.story
(これだけが、著者とのインタビュー)
 ちなみに、ポールは、現在、カリフォルニア大学ヘースティングス法律単科大学校の教授兼副学長です。(F)
2 米仏「同盟」
 (1)序
 「・・・米独立革命は、それが始まった時から、米国のナショナリズムと例外主義の奇異な遺物であり続けている。・・・
 サーベルとマスケット銃による累次の勝利の物語にもかかわらず、米独立革命は、陰謀と駆け引きの戦争でもあった。・・・」(B)
 「・・・<この本は、>この、民主主義的叛乱者達の一団と欧州で最も専制的な君主国家との間の<米仏>同盟は一体どのように成立したか<を追求したものだ>。・・・」(D)
 「・・・<この>本は、機会と偶然についての、そして周辺的な人物達、比較的名が知られていない人々、が歴史を形作ることができ、実際形作ったことについてのものだ。・・・
 ポールは、現職の前、コネティカット大学の法律学の教授であり、この本のために6年間調査を行った。彼は、コネティカット歴史学会が保有していたディーン(Deane<。後出>)の初出の論考や手紙を活用した。・・・」(F)
 (2)米仏「同盟」
 「・・・貧弱な武装しかしていなかった植民地人達が英国と戦闘することとなった時において、フランスを米側に引き寄せた功績はフランクリン(<Benjamin >Franklin<。1706~90年>)に帰せられてきた。
 しかし、ポールは、ディーンという人物・・彼はフランス語がしゃべれず、コネティカットの外に出たことがなく、外交のことなど五里霧中だった・・こそ、知られざる英雄であって、仏米同盟のための枢要なる地均しを行ったと主張する。
 しかも彼は、これを、フランクリンがパリに足を踏み入れる前に達成したのだ。・・・」(E)
 「・・・我々全員が信じてきた従来の物語は、ベン・フランクリンが我々の最初の駐仏大使であって、彼が一人で仏米同盟を鍛造したというものだった。
 <この>本が示すのは、フランクリンがフランスに足を踏み入れる前に、ディーンが既に、30,000人の陸軍のための全ての武器と弾薬はもちろん、制服、ベルトの留め金、軍靴、制帽、毛布、テントといったありとあらゆるものを確保していたことだ。
 ここで重要なことは、これらの軍需品の全てが、(1777年9月から10月にかけて行われ、)この戦争の転機となった決定的なサラトガ(Saratoga)の闘いの前に北米に到着していたという点だ。
 仮にその到着が数ヶ月か数年後であったなら、遅すぎであり、植民地人達は壊滅させられていたことだろう。・・・」(F)
 「・・・(ディーンの最も親しい女の親友たる二重スパイのおかげで全てを知っていた)英国のスパイ達を含むあらゆる観察者達にとっては、とりわけディーンがフランス語をしゃべらなかったことから、これは不可能な任務であると目されていた。
 しかし、ディーンは、元戯曲作家にしてフランス国王に強力なつてのあるカロン・ド・ボーマルシェ(<Pierre-Augustin >Caron de Beaumarchais<。1732~99年
http://fr.wikipedia.org/wiki/Pierre-Augustin_Caron_de_Beaumarchais (太田)
>)とフランスの最大の秘密に通じたところの男か女か定かではない元スパイという予期せざる協力者に出会う。・・・」(D)
 
 「・・・<この3人は、>一緒になって、成功裏に兵器、弾薬、そしてその他の軍需品をニューイングランドに密輸し・・・<た>。」(C)
 「・・・ピエール=オギュスタン・カロン・ド・ボーマルシェは、モーツアルトの「フィガロの結婚」<(1786年)>とロッシーニの「セヴィリアの理髪師」<(1815年)>という形に結実した戯曲の作者だ。・・・」(E)
 「・・・<彼>は、革命家で万能人的天才・・・<だった>。
 彼はまた、武器商人でもあった・・・。」(B)
 「・・・シュヴァリエ・デオン(Chevalier d’Eon)
http://en.wikipedia.org/wiki/Chevalier_d’Eon (太田)
は(C)、<父たる>弁護士と<母たる>貴族の子供で、ルイ15世の<私設>スパイであり、7年戦争の間、勇敢に戦い、最終的に、ボーマルシェと協力し、今日言祝がれているところの、仏米同盟を鍛造した。・・・」(B)
 「<彼>は、駐ロンドン仏大使であると同時に、男か女か定かではない人物であり、<前半生の>40年間を男として、そして<後半生の>40年間を女として送った。・・・」(E)
 「・・・ルイ16世による北米植民地人達のイギリスに対する戦いへの支援をとりもったのは、シュヴァリエ・デオンだった。
 デオンが女性であると宣言したことが、仏米同盟の成立を助けたのだ。・・・」(C)
(続く)