太田述正コラム#3876(2010.3.9)
<『イリアス』をどう読むか(その1)>(2010.6.23公開)
1 始めに
 ホメロスの『イリアス』の背景たるトロイ(トロイア)戦争については、かつて(コラム#468で)記したことがありますし、『イリアス』そのものについても、(コラム#2876、3309、3318と)何度か言及してきていますが、正面から扱ったことがありません。
 このたび、米国人の著述家キャロライン・アレクサンダー(Caroline Alexander)が ‘The War that Killed Achilles’ を上梓したので、その書評をもとに、『イリアス』論を展開してみたいと思います。
A:http://www.nytimes.com/2009/10/18/books/review/Coates-t.html?pagewanted=print
(3月9日アクセス。以下同じ)
B:http://www.ft.com/cms/s/2/da4a72e4-27e4-11df-9598-00144feabdc0.html
C:http://www.guardian.co.uk/books/2010/jan/16/war-that-killed-achilles-review
D:http://www.goerings.com/reviews/?p=727
E:http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/non-fiction/article7031920.ece?print=yes&randnum=1268118569718
F:http://www.timeshighereducation.co.uk/story.asp?storycode=410397
2 『イリアス』について
 (1)主人公アキレウス
 「・・・ゼウスは、父の巨人たるクロノス(Kronos)から座を奪った。・・・
 アキレウス(Achilles)の聖なる母・・不気味に陰鬱な人魚のテティス(Thetis)・・はその父親よりも強い息子を生むことが運命づけられていた。
 ゼウスが彼女のこの力のことを知った時、この神々と人間の父は、テティスへの好色な追っかけを止め、彼女の意に反して彼女を人間たるペレウス(Peleus)と結婚させた。
 アレキサンダーは、「宇宙の危機がかくして回避されたが、その代償は、テティスにとって恒久的な悲しみとなったところの、彼女の短命に終わった息子、アキレウスの不慮の死だった。」と記す。・・・
 アキレウスもまた、短く栄光に満ちた英雄的な生活と、彼のギリシャの故郷たるフティア(Phthia)・・「廃棄物として捨てられた土地(Waste-Away Land)」的な意味であるらしい・・における、長く、世に知られず、誰にも気づかれることのない生活のどちらかを選ばなければならなかった。・・・」(A)
 (2)アレキサンダーの説
 「『イリアス』の冒頭、ギリシャ軍がトロイの城壁の外の平野に集結した時、彼等の最も強力な戦士であるアキレウスは、彼の失敗しつつある総司令官であるアガメムノーン(Agamemnon)に向き合い、自分には理解できない戦争を戦う無意味さについて語る。
 「自分に対して彼等が何もしたことがないというのに」どうして自分は、命をかけてトロイ人達と戦わなければならないのかと。・・・」(E)
 
 「・・・<ここでの>アキレウスは、戦うことを拒絶したモハメッド・アリ(Muhammad Ali<。1942年~
http://en.wikipedia.org/wiki/Muhammad_Ali (太田)
>)とそっくりだ。
 <アリは、>「俺はベトコンと喧嘩するなんてまっぴらだ。…ベトコンは俺のことを黒ん坊(nigger)と呼んだことないもんな」<と言ったのだ。>・・・」(F)
 「・・・アキレウスを殺した<トロイ>戦争は、その本質において、戦争の愚行とコストを非難することにおいて獰猛で、それが人間に及ぼす影響についての描写において残忍な反戦文学の強力な一篇であるところの『イリアス』を我々に与える。・・・
 このような反戦の主題は『イリアス』の初めの部分に登場する。
 アキレウスは、彼の王であるアガメムノーンを、戦争を挑発する傭兵であるとする怒れる告発を行う。
 こういうわけで、<アキレウスという>著名な兵士は、驚くほどの平和的感情の持ち主として示される。
 そして、彼が、自分達が長い戦争を筋違いの(misguided)目的・・トロイのヘレネー(Helen)をめぐるささいないざこざ・・のために戦ってきたことがいやになったのを認めたことが、この叙事詩の主要な原動力になっている。
 アキレウスは、自分の人生は、無益な紛争で危険に晒すには貴重すぎると宣言しつつ、この戦役から撤退する。
 トロイのヘクトール(Hector)によって彼の親密な仲間のパトロクルス(Patroclus)が殺されて、初めて彼はこの戦争に復帰し、恐るべき復讐を行う。・・・
 この叙事詩の全体を通じて、英雄であろうが無名の兵卒であろうが、幸福に、かつ恙なく(well)死ぬことはない。
 兵士の武勇に対して報償は何も与えられないし、どの天国も彼を迎え入れはしない。・・・
(続く)