太田述正コラム#4196(2010.8.16)
<イスラエルのイラン攻撃論争(その1)>(2010.9.16公開)
1 始めに
 表記の論争が、最近、米国とイスラエルにまたがって行われていたことは承知していたのですが、その根っこの論考である、米アトランティック誌掲載のジェフリー・ゴールドバーグ(Jeffrey Goldberg)論考に遅ればせながら目を通すことができたので、まず、この論考のさわりをご紹介した上で、論争のあらましをご紹介をしたいと思います。
A:http://www.theatlantic.com/magazine/print/2010/09/the-point-of-no-return/8186/(8月16日アクセス)
B:http://www.csmonitor.com/World/Middle-East/2010/0813/3-Reasons-Israel-will-attack-Iran/A-nuclear-Iran-would-shift-the-regional-strategic-balance
(8月14日アクセス)
C:http://www.csmonitor.com/World/Middle-East/2010/0813/3-Reasons-Israel-won-t-bomb-Iran/The-costs-to-Israel-and-to-allies-like-the-US-would-be-high
D:http://www.csmonitor.com/World/Middle-East/2010/0812/Repercussions-of-an-Israeli-attack-on-Iran
E:http://www.csmonitor.com/World/Middle-East/2010/0812/Is-Israel-really-likely-to-attack-Iran-next-summer
F:http://www.haaretz.com/blogs/focus-u-s-a/focus-u-s-a-will-israel-really-attack-iran-within-a-year-1.307211
(8月15日アクセス)
2 ゴールドバーグ論考のさわり
 (1)イランの「核」の脅威
 「・・・ペルシャとユダヤ両文明は、ずっと敵同士であったわけではない・・・。
 聖書の英雄達の一人はペルシャのキュロス(Cyrus)王であり、彼は2,500年前にユダヤ人達をバビロニアでの囚われ人の状況から解放し、イスラエルの地に戻してやった。
 (ハリー・トルーマン<米大統領>は、1948年に再誕生したイスラエル国家を承認した数年後に、「私はキュロスだ」と宣言した。)
 イランは古のユダヤ人コミュニティーの埴生の宿(home)であり、ユダヤ人達は、ムハンマドの門徒達がイスラム教をペルシャに持ってきた時期よりも1000年も前からそこに住んでいた。
 そして、現代においても、イランとイスラエルは、1979年に帝政が転覆されるまで、緊密な外向的紐帯を維持した。
 イスラエルの帝政に対する支援は、その敵達、とりわけ新しく権力を手にしたテヘランのムラー達を怒らせたが、それだけではイランのイスラエルとユダヤ人に対する公的な憎しみの深さを説明するには不十分だ。
 イランの革命防衛隊の元司令官のモーゼン・レザイ(Mohsen Rezai)によって表明された以下のような感情を説明するには何かほかのことが必要だ。
 彼は、欧米において、この体制のはでばでしい反ユダヤ主義を最も連想させるイランの政治家だったが、マハムード・アフマディネジャド<現イラン大統領>が勃興する14年も前の1991年に、「ユダヤ人達には、サルマン・ラシュディー(Salman Rushdie)のように、この世界のどこにもいる場所を見つけられなくなる日がやってくる」と語っている。
 その答えは、シーア派の思想の系譜の中に見出すことができるかもしれない。
 それは、ユダヤ人は儀式上(ritually)汚染されていると見る。
 この見方は、部分的には、コーランがユダヤ人を預言者ムハンマドの大逆者的敵として描いていることに由来する。
 ・・・17世紀と18世紀を通じ、シーア派の聖職者達は、ユダヤ人を「天地創造によって生まれた癩病的存在」とか「人類中の最も不潔な存在」といった様々な見方をした。
 私は、一度、現在イランの国際原子力機関(IAEA)大使をしているイランの外交官、アリ・アスガル・ソルタニエ(Ali Asghar Soltanieh)に、どうしてイランの指導者達が執拗にイスラエルを、単に地域的悪漢(malefactor)ではなく、一種の伝染病と形容するのかと尋ねたことがある。
 彼は、「君はそう思わないのかい。それが本当だとどうして分からないんだ」と問い返してきたものだ。・・・
 <また、>イランのマヌシェール・モタキ(Manouchehr Mottaki)外相は、2005年に、「マハムード・アフマディネジャド<大統領>による、ホロコースト<などなかったし>、イスラエル<は抹消されるべきだ、といった>発言は、個人的見解ではなく、また、偶発的(isolated)声明でもなく、イラン政府の見解を表明したものだ」と語っている。
 核の危険性に関するイランの指導者達自身の見解は、恐らく、2001年に元イラン大統領のアリ・アクバル・ハシェミ=ラフサンジャニ(Ali Akbar Hashemi-Rafsanjani)によってなされたコメントに最もよく現れていると言えよう。
 彼は、イスラエルの死をイスラム世界にとって比較的痛みのない形でもたらすことができるという観念を抱いていた。
 すなわち、「イスラエルに対して原爆を使えばイスラエルを完全に破壊できるのに対し、イスラム諸国に対する[<イスラエルによる>核攻撃]は損害を与えるだけだ」と彼は言ったのだ。
 このような考え方は、合理的な抑止理論ないしは相互確証破壊の脅威は、イランのケースには適用できないのかもしれないことを示唆するものだ。
 そのことが、イスラエル政府をいたたまれない気持ちにさせている。
 このような不安は、イスラエルの右派だけのものではない。
 ネタニヤフ<イスラエル首相>のパレスティナ人達に対する諸政策を厳しく非難する左派のメレッツ(Meretz)党ですら、イランの核計画はイスラエルの生死に関わる脅威であると考えている。・・・
 ・・・イランから核攻撃を受ける脅威と、ハマスとヒズボラのロケット部隊によるイスラエル諸都市への恒常的脅しとが組み合わさっただけで、イスラエルがその最も創造的で生産的な市民群を引き留めておく能力が突き崩されてしまうだろう。
 エフード・バラク国防相は、このことがイスラエルの将来に関して彼が抱いている最大の恐れであると私に語った。・・・」(A)
(続く)